時流遡航

《時流遡航》J―PARKの放射能漏れ事故を省みる(続)(2013,07,01)

原子力規制委員会や、同委員会の判断に従って原子力に関係する各種指導や規制を行う原子力規制庁は、もともと発電用原子炉や諸学術機関の研究用原子炉の安全な運営と維持管理を実践するために設けられた。従って、原子炉の構造や機能、その立地条件などについて高い見識をもつ専門家は一通り揃っている。過日、敦賀原発の活断層地形問題や高速増殖原型炉「もんじゅ」の安全管理状況に関して、原子力規制委員会が厳しい見解を提示したことは十分評価に値する。電力業界や原発立地自治体、さらには原発関連の族議員、経産省などから少なからぬ圧力や批判のあるなかで毅然とした姿勢を貫いていることは見上げたもので、それについては国民も直接間接に支持を表明しなければならないだろう。

真摯に責務を果たしている田中俊一原子力規制委員長以下の諸委員のそんな姿には敬意を払ったうえでのことだが、それにも拘らず、日本の原子力規制委員に付託さてれている権限や、原子炉そのものに関する委員らの知識経験は、アメリカ国民の絶大な信頼と尊敬を受けている米国原子力規制員らのそれに比べて格段に小さい。

米国の場合、原子炉の構造や機能の評価を直接担当する原子力規制委員には、核燃料のペレット精製に始まり、原子炉運転操作、保守管理作業、原子炉設計、原子炉の設置と解体、使用済み核燃料や放射能汚染物質の処理といったような一連の業務のすべてに精通し、それらについて一通り実務経験を積んでいることが求められている。人格面なども相当に重要視されているようだ。日本でそのような条件を満たす人材などは皆無だから、米国並みに強力な原子力規制委員会を構成するというのは所詮絵空事に過ぎないが、その役割や要件ついてより真剣に考えてみる必要はあるだろう。

(原子力規制委は加速器と無縁)

ただし、そんな原子力規制委員会などに国内の各種加速器施設の規制管理問題までをも委ねてしまおうという考え方は筋違いも甚だしい。各種メディアでも報じられているように、確かに現行制度上では、加速器施設関連の事故が起こった場合には原子力規制委や同規制庁に状況を報告し、その指示や規制を受けるようになっているようである。J―PARKの事故直後における菅義偉官房長官の「原子力規制委員会等による加速器施設の管理規制を一層強化したい」という趣旨の発言もその制度基準に則したものなのだろう。

従来からの制度ゆえに仕方がないと言えばそれまでだが、そのような現状だからこそ、原子炉事故に伴う危険かつ重大な被曝と、それに比べれば桁違いに微小な加速器施設の事故による被曝とを混同し、同一レベルに考えてしまう報道関係者や国民が増えてしまうのだ。加速器施設で日夜研究に勤しむ科学者らを原子力ムラのメンバーだなどと糾弾するような論調に至っては、最早何をか言わんやという思いがしてならない。

現在の原子力規制委員会のメンバーは、原子炉の機能や構造とはまるで異なるメカニズムからなる加速器施設の専門家でもなく、また加速器を用いて研究をする科学者でもない。率直に言えば、加速器施設のメカニズムやその研究システムに精通している人物など誰一人いないと言ってもよいくらいだ。国内の加速器施設の管理問題に適切な規制や指示を出せと言われても、加速器関連の研究についての知識の乏しい原子力規制委サイドは大きな躊躇いを覚えるだけだろう。専門分野こそ違え同じ学術研究者としてすくなくとも自らと同等か、それよりずっと高いレベルにあり、常々敬意をさえ払っている先端科学者らに対していったい何を言えるというのだろう。もしも、各種加速器施設の安全規制や、そこでの研究体制についての管轄指導を厳しく行う必要があるというのなら、その道に十分通じる専門家からなる規制委員会を別途に設置するのが当然の筋道ではなかろうか。

(ILC建設で期待される日本)

すでに述べたように、過日のJ―PARKのHC事故の直接的な原因は加速器の陽子ビームを制御するための電磁石の不具合で、建設コストを抑えるために別の加速器で不使用になった部品を転用したことなどもその要因となったのではないかという。日本の加速器用電磁石技術は世界に冠たる存在で、CERN(欧州合同原子核研究機関)にある世界最大の加速装置LHC(ラージ・ハドロン・コライダー)の主要部分でもその技術が重用されている。そんな事実に鑑みると今般の事故はなんとも残念なかぎりなのだ。ただ、コスト削減のために既使用の部品を転用した背景には、システムの性質上その耐用年数が明確でなかったことに加え、加速器施設の場合には機器に不具合が生じてもシステムが作動不良や作動停止になるくらいのもので、身体に重大な影響のあるような事態にはならないという判断があったのであろう。実際、過日の事故も原発関連の事故に較べればごく軽微なものには違いなかった。

HCなどの巨大なリング状加速器に多数配置されている電磁石個々の機能を事前にチェックするのは構造上困難かつ非効率であるため、機能不全や機能停止になった段階で故障の原因を調べ補修すればよいという予断もあったのだろうと思われる。ところが、通常の400倍もの強度の陽子ビームが発生し、ターゲットの金の一部が実験で生じた放射性物質と一緒に蒸発拡散してしまうという想定外の事態に発展してしまったのだ。お決まりの結果論で事故への対応の不備を批判するのは容易だが、研究者らが即座に事態の異常さやその原因を認識し、的確な処置をとれなかったのにはそれなりの理由もあったのだろう。

許容範囲内の一定のリスクを前提にした一種の試行錯誤的な学術実験だったとも考えることができるわけで、想定外の事態を通して得られた苦い教訓は、今後の施設の安全維持に活かしていくしかない。世論があまりに過剰な反応を示し、必要以上に研究者を無能者・無責任者呼ばわりすることにより、各種加速器施設による先端科学研究や、重粒子線治療などのような先進医療の促進を遅滞させるようなことがあってはならない。

宇宙誕生の過程や素粒子の質量発生に深く関るというヒッグス粒子の探究などで大活躍しているCERNのLHCには、前述した電磁石技術の他にも数々の国産先端技術が活用されている。それらの科学技術はJ―PARKやSPring―8をはじめとする日本の加速器開発や加速器による実践研究を通して確立したものにほかならない。また、全周27kmのLHCの巨大な加速エネルギーをもってしてもなお遂行困難な電子―陽電子衝突実験(レプトン型実験)にも対応可能な直線状の加速器、ILC(国際リニアコライダー)の建設誘致国に日本が名乗りをあげ、国際的な誘致合戦の中でも有力候補地の一つに挙がっているのは、信頼に値するそのような背景があってのことである。

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