時流遡航

第40回 原子力発電所問題の根底を探る(6)(2012,06,15)

当時「原発銀座」とも呼ばれていた若狭路を訪ねる機会のあった私は、よい折なので、中立的な立場で原発の実状を取材しなるべく客観的な視座からその問題を検証してみようと思い立った。そこで大飯原発に見学取材を申し込むと翌日には許可がおりた。当日、同行者共々指定された時刻に大飯原発PR館に出向くと、「大飯原発広報課長」を名乗る人物が現れ、我々をロビー脇の接客室に通してくれた。こちらは原発の現状をありのままに見せてもらおうと思っただけで、原発批判の取材をしようという下心などなかったのだが、先方の応対ぶりには当初からおずおずした様子が感じられ、そのことが妙に気になった。

始めに、「都会で大量の電力を消費している私たちは、原発というものを他人事とせずにその実態を知っておく必要があります。もしもリスクが存在するならそれを自覚し、その一端をなんらかのかたちで担う覚悟をしなければなりません。この施設の見学を申し出たのはそのような理由からなのです」と来意を告げると、相手の緊張が幾分和らぐのが見てとれた。そして、その人物は30分ほどをかけて大飯原発の概要をレクチャーしてくれた。

ただ、その事前レクチャーの運びにはいささか解しかねる点があった。一連の説明の中で「安全」という一語が20回ほども鸚鵡返しされたからである。逆効果とも思われるその不自然な話しぶりは、当人が原発のメカニズムを真に理解し、その安全性を心底確信しているわけではないことを明確に物語っていた。それは、政財界関係者や報道関係者をはじめとする諸々の来訪者に対し、「原発は安全だ」と繰り返し伝えるようにと徹底教育されているからのことで、安全神話のよき語り部となることこそが広報課長らの職責にほかならなかったのだ。今になって思うと、それはある意味で同情にも値する状況ではあった。

大飯原発加圧水型軽水炉とは

昨年の大震災で致命的な大事故を起こした福島第1原発の4基の原子炉は、「沸騰水型軽水炉」と呼ばれ、炉内で発生させた高温高圧の蒸気(1次系水)をタービン建屋に送って直接に発電タービンを回し、そのあと大量の海水(2次系水)の循環する復水器で蒸気を水に戻し炉へと還流させるタイプである。むろん、通常は、高濃度の放射性物質を含む真水の1次系水と、2次系の冷却用の海水とが混じり合うことはない。

それに対し、かつて私が見学取材した大飯発電所の4基の原子炉はいずれも加圧水型軽水炉と呼ばれるタイプのものである。ウランを燃料とするのは沸騰水型と同じだが、加圧水型の場合は原子炉で生じる約300度の高圧熱水(1次系水)を導管で蒸気発生器に送り、その高熱によって、加圧熱水の循環する蒸気発生器内の細管群の外側を包み流れる水(2次系水)を蒸気に変える。温度と圧力の下がった1次系加圧熱水は再び原子炉内へと還流するいっぽう、蒸気化した2次系水はタービン建屋に送られ発電機のタービンを回転させる。タービンを回転させたあとの2次系の蒸気は常時流入してくる大量の海水(3次系水)によって冷却されて水に戻り、再び蒸気発生器に送り込まれる。なお、このタイプの炉の場合、1次系、2次系で必要となる大量の真水は、海水淡水化装置によって補われている。

なお、大飯原発の各原子炉の格納容器は、当初から大事故や大地震などのような最悪の事態をも想定し、異常に大きな圧力や強度の震動にも耐えられるような設計にはなっていた。4基のうち1・2号機については原子炉格納容器の周りに設けられた1944本のバスケットにシャーベット状の氷をいれ、万一の事故時に発生する水蒸気を急速に冷却して圧力を下げる「アイスコンデンサー方式」を、また3・4号機については格納容器のコンクリート壁内部に強力なPC鋼撚線(テンドン)を入れてあらかじめ格納容器全体を締めつけておき、事故発生時の高圧力に耐える「プレストレストコンクリート製方式」を採用してあった。大事故を考慮したそれらの特殊な設計に加え、沸騰水型よりも総合的な安定度が高いともいう加圧水型軽水炉であることから、大飯原発の原子炉が、今回廃炉が決定的となった福島第1原発の4基の原子炉に比べて安全度が高いことだけは事実だろう。太平洋側の地震や津波の規模や頻度に比べ日本海側のそれが小さいことなどもその一つの根拠にはなる。

各原子炉の出力は、1・2号機が各117・5万KW、現在再稼働の可否が議論の焦点になっている3・4号機が各118万KWであり、4基ともがフル稼働中だったその当時の総出力は471万KWにのぼっていた。この発電量は、現在よりも電力需要のずっと少なかった19年前の頃にあっては北海道電力全体の総発電量に相当し、大阪、京都、奈良、滋賀の4府県の電力需要をほぼカバーできるほどのものであった。他の発電技術や発電効率が向上した現在とは異なり、その時代の実質的な原発依存度は実際相当に高かったのだ。

すでに離陸していた原子炉号

我々に対するブリーフィングの中で、案内役の大飯原発広報課長が、「アイスコンデンサー方式」や「プレストレストコンクリート製方式」の耐圧性を強調しながら、「各原子炉の格納容器は、現実には起こりそうにない想定上の大事故や大地震にも耐えられるような設計になっています」と再三再四強調したのは言うまでもない。またそれと並行し、各原子炉の中央制御システムは人間の判断や対応が容易なCRT監視方式、運転モードに応じた機能分割型制御方式、自動運転制御方式などを採用することにより、人為的な操作ミスの防止と運転操作性の向上を図っているという、表向きはもっともらしい説明もなされた。

関西電力の原発依存率について尋ねてみると、年間を通じての全国平均の原発依存率は28パーセント程度だが、関電の場合は他の電力会社よりも原発依存度が高く、45パーセント前後だという返答があった。当時、大飯原発PR館ホール前のボードには刻々と変わる関西電力全体の電力供給量と大飯原発を含む関電管内の原発全体の発電量とがリアルタイムで表示されており、そのデータから原発依存率を計算してみると確かに44パーセントほどの数値になっていた。一部には、そのような高率の原発依存度を示す数値を、原発キャンペーンのために電力会社側が仕組んだまやかしの数値だとする見方もあったが、客観的に判断してその時点でのその数値に間違いはないと認めざるを得なかった。

そんな事実を確認した私は、原子炉号という名の旅客機は、「落ちる、落ちない」の議論をよそに、日本国民という満員の乗客を乗せて既に離陸してしまっているのだと思い知らされた。原子炉号への搭乗を自覚していたか否かにかかわらず、社会全体の暗黙の要請で飛び立った以上、我々には、どうしたらこの旅客機が落ちずに飛行を続け、目的地に無事着陸できるかを考えることくらいしか手が残されていないと痛感した次第だった。

水力、火力、原子力によるバランスのとれた電力供給が最も望ましく、いずれかの発電に偏るのは好ましくないとの説明なども広報課長からなされはしたが、そんなバランス論など本質的には無意味だと思わざるをえなかった。

カテゴリー 時流遡航. Bookmark the permalink.