時流遡航

第42回 原子力発電所問題の根底を探る(8)(2012,07,15)

タービン建屋見学室からは巨大な発電用タービンを眺めることができた。蒸気発生器で生じた蒸気が猛烈な勢いでそのタービン内に吹き込まれ、発電機につながる羽根車を高速回転させている様子を幾分遠目からではあったがはっきりと確認できた。厚いガラス窓越しに見ているせいなのか、それともタービン内の2次循環系が完全に外部と遮断されているせいなのかはわからなかったが、タービンの回転音やそれに伴う振動音はまったく伝わってこなかった。ただ、この発電タービン一基だけで毎時118万KWの発電をおこなっていることだけは間違いなかった。

4号炉内部施設の最後の見学場所は、原発の頭脳ともいうべき中央制御室だったが、見学ルームに入る前に案内担当者が再度IDのチェックを受けるという二重三重のガードの固さだった。チェックが終わって通された見学者専用のガラスルームの奥には、ちょっとしたSF映画そのままの世界が広がっていた。壁面いっぱいに並ぶ各種計器類やモニター群、そして、それらを見守りながら働く制御要員の姿が見えた。原発1基につき39人の制御要員がいて、1チーム13人からなる3チームに分けられ、3交替制で原子炉運転制御の任務に当たっているのだとのことであった。

見るからに先進的なその中央制御室のみを見ているかぎりでは、何もかもが完全にコントロールされ、事故が発生しても何重もの安全チェック機能が働いて、大事故にいたる前に的確な対応処理がなされているような印象をもたされもした。端的に言えば、その見学ルームは、原子力光学理論の正しさ、数値データに基づく原子炉制御の寸分の狂いのなさを強くアピールするのに一役買っていたし、もともとそのことを意図した設計にもなっていたのである。最後にそこに案内された見学者の多くは、「なるほど、十分な安全管理のもとにすべてのプロセスが正確無比に機能している。原発というシステムはなかなかのものだ」という思いを抱かされるというわけだった。

センサーあってこその制御室

昨年の福島第1原発事故直後のテレビ報道では、機能停止し暗闇に沈んだ同原発制御室の様子が映し出された。そして、その映像を目にした私がはからずも思い重ねたのは、かつて見学したことのある大飯原発中央制御室の光景だった。先端的計器類がずらりと並ぶ制御室は、正常な状況下ではすべてがパーフェクトに機能し何の瑕疵もないかのように見えるのだが、いったん制御不能な事態が起こると、制御室そのものが単なるガラクタの山か高価な玩具の集合体に過ぎないようにさえ思われてくるのだった。少々皮肉な言い方をすれば、表向きは制御室の先端計器類が原子炉や周辺機器をコントロールしているように映るけれども、実は原子炉や周辺機器によって制御室の計器類がコントロールされているとも考えられるのだ。福島第1原発の事故後もその状況についてはほとんど報道されることがなかったが、原発の炉心基底部や格納容器、各種循環系配管には何百ものセンサー類が設置されている。そしてそれらのセンサー類の感知する多種多様な情報が伝達用コードを介して制御室の計器類に送られ、そのデータを基に原子炉をはじめとする原発の発電システム全体の適切な制御が行われるわけなのだ。その意味ではセンサー類こそが原発の生命線であり、それらの感知する情報によって制御室のほうが逆コントロールされているとも言えるのだ。

まるでウニの針をも連想させる状態で多数のセンサー類が並ぶ原子炉の炉心や格納容器基の基底部分の映像などは以前からほとんど公開されてこなかったが、福島第1原発事故以降もその状況に変わりはない。なるべく非公開にしておきたいそれなりの理由もあってのことなのだろうが、各種センサー部分の問題点については我われ国民もある程度のことは知っておいたほうがよいだろう。たとえば炉心基底部や側面下方部の多数のセンサー類は、厚さ20㎝前後の鋼板にあらかじめ穴を開け、その穴から炉心内部にそれらの先端部を挿入し装着されている。そして、それらセンサーの外側端末部と制御室とは無数のコードで連結されている。鋼鈑の厚さは炉心部ほどではないが格納容器や主要配管類の基底部のセンサー類に関しても状況は基本的に同じである。センサーがあってはじめて原発は適切な運転制御が可能なのだ。さらにまた炉心基底部には核燃料棒や制御棒の挿出入口などもある。事故以来、福島第1原発の概要モデル図が各種マスメディアに登場してきたが、現実の原子炉の構造はそれほど単純なものではない。

炉心や格納容器基底部の弱点

むろん、各種センサー類や燃料棒・制御棒の挿入部には、炉心や主要循環系配管内の危険な内容物が漏れ出さないように技術の粋を尽くして厳重なシーリングが施されている。しかし、穴が開けられそこからセンサー類や燃料棒・制御棒類が挿入されている以上、どんなに厳格な密閉処理がなされていようとも完全無欠かつ絶対安全などということはありえない。原発建設時やその後の保守工程において、センサー類挿入部の溶接その他のシーリング作業を短期間で養成した即席溶接工に任せるケースも多いとの実体験者らの証言も飛び交ったりしている。そうだとすれば、一層その完全性には疑義が生じざるをえない。

常に高温高圧の状態に曝されているうえに中性子による鋼鉄製炉自体の応力劣化などもあるから、長年のうちにはシーリング部分が徐々に老朽化するばかりでなく、センサー自体の交換も必要となる。当然、微量ではあるがセンサー類のシーリング部分からは平常運転の場合でも極微量の放射性内容物が漏出するし、劣化したセンサー交換作業の場合においても同様のことは起こってしまう。大飯原発見学取材の折に並行取材した地元の下請け原発労働者の証言にみるように、ある意味それは原発の宿命にほかならない。

その人物の話によれば、指定の完全防護服を着て二重の扉を開け格納容器内に入ると、それだけで胸の線量計が警告音を発したという。そんな中で、彼らは、炉心基底部に漏出した微量だが高濃度の放射性物質を指示された手順通りに収集し、特殊な溶融ガラスを用いて収集物を固形化しスチール缶へと封入する作業を担当していた。炉の基底部一帯の洗浄や老朽箇所の補強、センサーの交換などの不可欠な作業を行う仲間もいたという。大地震の発生直後に、福島第1原発ではセンサー類の機能不全や破損、挿入部のシーリングの損壊などが生じ、そこから大量の一次系冷却水漏れが起こった可能性も否定できない。劣化したセンサー挿入口から炉心基底部に亀裂が走ったことさえも想像されるのだ。

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