時流遡航

第13回 先端光科学研究の世界を訪ねて(5)(2011.5.1)

惑星探査機「ハヤブサ」が小惑星「イトカワ」から持ち帰った微粒子は、その探査プロジェクトの統括機関・宇宙航空研究開発機構(JAXA)を通じて国内の7つの研究グループに委託供与され、数ヵ月にわたってそれぞれの立場から初期分析が行われることになっている。それら7つのグループの研究概要は以下の通りである。

進むイトカワの微粒子分析

首都大学東京と京都大学のグループは、京大原子炉実験所において、中性子放射化分析法を用いて元素組成を調べる。九州大学と高輝度光科学研究センターのグループは、スプリング8において、X線回折・散乱法の一種であるラマン分光法、蛍光X線分析法、赤外線分光法、X線光電子顕微鏡などを駆使して高分子有機物質の有無を調べる。大阪大学の研究グループは、同じくスプリング8において、X線イメージングの代表的手法であるX線CT法を用いて微粒子の3次元形状や3次元内部構造を調べる手筈になっている。

東北大学と茨城大学のグループは、粒子を構成する鉱物の種類とその含有度や粒子全体の元素組成、粒子の岩石成分の組織様態や含有鉱物の元素組成、鉱物の微細組織、局所化学組織、宇宙風化の状況、鉱物の結晶構造などを調べる。そのために高エネルギー加速器研究機構放射光研究施設(フォント・ファクトリー)でX線回折法、蛍光X線分析法による分析を行い、また、同大学や日立研究所の走査型電子顕微鏡と透過型電子顕微鏡による調査を実施する。蛍光X線分析についてはスプリング8の施設を利用することになっている。

東京大学と九大のグループは、東大の研究施設において希ガス質量分析法を用い、太陽風の様態、宇宙起源の希ガスの存在量やその同位体組成を調べ、そのデータに基づいて小惑星イトカワの表面環境を考察する。九大、名古屋大学、福岡工業大学のグループは、九大のガスクロマトグラフ質量分光計や液体クロマトグラフ蛍光検出器、名大の飛行時間型2次イオン質量分析計を用いて有機化合物の有無を検証し、存在する場合にはその種類を特定することになっている。また、北海道大学の研究グループは、同大の同位体顕微鏡や2次イオン質量分析計を用い、同位体の組成や微量元素組成の解析を行う。

ただ、東日本大震災により茨城県にあるフォトン・ファクトリーが損傷したため、一連の研究中、東北大と茨城大のグループの研究に影響が及ぶ可能性が生じている。技術的な見地からすればスプリング8においてその研究を代替することは可能だろうが、同施設側にそれを受け入れるだけの余裕があるかどうかが懸念される。いずれにしろ、筑波市のフォトン・ファクトリーや東海村の大強度陽子加速器施設ジェイパークが損傷した今、スプリング8の存在が以前にも増して重要になってきたのは確かである。

小惑星イトカワの微粒子の初期分析では、まず「非破壊分析」、すなわち放射光を用いたX線CT、X線回折法、蛍光X線分析法などによる解析が行われる。続いて、精緻な検証の下で決定された切断面に沿って粒子をカットし、必要ならさらに細かく裁断したうえで、走査型電子顕微鏡観察、透過型電子顕微鏡観察、元素分析、同位体分析、有機分析などのような「破壊分析」が進められることになる。

これが初期分析のおおよその流れだが、個々の微粒子から極力多くのデータを得るような配慮もされている。また、これまでNASA(米航空宇宙局)が行ってきた宇宙塵や小惑星レゴリスの粒子などスターダストサンプル分析の経験も活かされ、地球上の物質による試料微粒子の汚染を避けるべく細心の注意も払われる。

初期分析の過程で行われた非破壊分析で最初に注目されたのは、宇宙地球科学専攻の土山明・阪大大学院教授率いる同大学院の研究グループだ。NASAジョンソン宇宙センターなどでも研究を積んだ土山教授傘下のチームは、スプリング8の硬X線光電子分光、X線CT、走査型電子顕微鏡などの専用ビームライン(BL47XU)を用い、JAXAから委託供与された小惑星イトカワ由来の微粒子40個を分析中である。0・03~0・1ミリメートルのそれら微粒子は、厚さ1センチの精密な金属製円盤の中心部に高さ1・3センチの同じく精密な金属製円柱を固定したサンプルホルダーに1粒ずつ別個に収納されている。

サンプルホルダーの円柱上部中央には細いガラス管が立てられており、さらにそのガラス管中から上方に伸び出るかたちで太さ0・5ミリメートルの可動式カーボンファイバーが配されている。そして、そのファイバーの最先端部にサンプル粒子が取り付けられている。ホルダーごと実験ハッチに入れて全体を回転させたり、カーボンファイバーを上下に動かし高さを微調整したりしながら、光学的に絞り込んだ放射光X線をサンプル粒子に照射する仕組みである。

より具体的には、微粒子を0・1度刻みで回転させるごとに放射光X線を照射して透過光像のデータを取得しながら180度回転させ、その全データをコンピュータ処理して粒子断面のCT像を得る。さらに、カーボンファイバーの高さを少しずつ変化させながら同様の操作を繰り返し行い、得られた多数の断面CT像を総合処理して最終的にリアルな3次元CT像が合成されるというわけだ。

惑星科学が専門の中村智樹・東北大大学院教授が率いる東北大・茨城大グループの研究も進んでいる。X線回折法や蛍光X線分析法、走査型及び透過型顕微鏡などを駆使して粒子を分析し、イトカワの構成物質や内部構造、さらにはその形成年代や形成過程損害、形成条件を調べて小惑星の起源に迫るのが狙いだ。粒子構成物質の集積や角礫岩化の過程、マイクロメテオロイド(惑星間宇宙塵)衝突の痕跡、宇宙風化、太陽風の影響などを調べて小惑星の表面と宇宙環境との相互作用を検証し、小惑星進化のプロセスを解明することを睨んでいる。微粒子の各種分析を通し、小惑星イトカワに宇宙から降下した物質が検出できれば、太陽系の始原物質特定も夢ではないし、宇宙生命誕生の神秘に迫る有機物の発見も期待できる。

微粒子は確かに小惑星由来

土山教授や中村教授をはじめとする研究者らは、ハヤブサが持ち帰った微粒子の初期分析により、それが長期間宇宙に晒された証拠である「風化」の痕跡を持つことをすでに確認済みである。宇宙風化は宇宙を飛び交う高エネルギーの放射線を浴びて結晶構造が壊れる現象で、その痕跡の存在は試料の微粒子が小惑星イトカワ由来のものであることを物語っている。微粒子内には斜長石やカンラン石のほか、地球上には見られない特殊な硫化鉄の結晶が存在することも発見された。微粒子を加熱して発生させたヘリウムやネオンガスの性質も地球の大気中のものとは異なることが判明した。生命誕生の謎を解くカギともいうべき有機物は未発見だが、九大グループがなおその可能性に挑んでいる。

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