時流遡航

《時流遡航》電脳社会回想録~その光と翳(15)(2013,11,15)

米国情報機関によるドイツやフランス首脳らの携帯電話盗聴工作が発覚し、問題となっている。米国情報機関の活動は友好国に対しても容赦ないようなのだが、冷静に考えてみれば国家レベルの情報戦略とは本来そのようなものだろう。自国が提供する機密情報の漏洩を防ぐため特定秘密保護法の制定を日本政府に要請し、その一方では高度な情報収集システムによって日本を含む友好国の機密を平然と盗み取る。特定秘密保護法のごとき愚法は、米国依存の政府が都合の悪い情報を国民の目から隠すくらいにしか役立たない。

(驚くべき通信傍受技術の実態)

昨今は日本でも個人情報の保護や国家・企業の機密保全の重要性が叫ばれ始めたが、通信傍受技術の発達に伴い機密保護など最早絵空事と化しつつある。米連邦捜査局(FBI)などは米国内の全通信機器の通信内容傍受システムを完備しており、この高度な通信監視システムを用いれば、交信者の所在地や電話番号、通信内容などをリアルタイムで記録できる。各種の通信事業者管理のシステムとFBIの傍受ルームとを接続するこの特殊回線網は「DCSNet(Digital Collection System Network)」と呼ばれ、専門家の予想をも超える複雑な形態をとって米国の通信インフラ内に組み込まれている。そして、全米の民間通信ネットワークとFBIの傍受拠点とを直結し、通信者の電話番号、メールアドレス、通話やテキストメッセージの内容などを自動的に収集、分別、保存することができる。

この通信傍受システムはWindowsマシンで作動する3つのサブシステムから成っており、「DCS-3000(別称Red Hook)」という第1のシステムはペンレジスター(発信者情報の分析と記録)とトラップ・アンド・トレース(受信者情報の分析と記録)を担当する。「DSC-6000(別称Digital Storm)」と呼ばれる第2のシステムは、各種通信内容やテキスト文の収集分析機能をもち、通信傍受命令に直接的に対応する。第3の「DCS-5000」は高度な機密システムで、スパイやテロリスト対象の通信傍受に用いられる。

FBIはこの監視システムによる収集情報のファイルを作成し、即刻そのデータを担当部局に送信できる。携帯電話基地局の情報によって監視対象者の動向をリアルタイムで追尾できるし、傍受した情報を捜査官に転送もできる。集中監視設備をもつFBI傍受ルームの所在地は非公開だが、全米で百ヶ所近くは存在し、各傍受ルーム間は独自の基幹回線網で結ばれているという。このシステムを用いると、FBI調査官はニューヨークにいながらにしてロサンゼルスで使用中の携帯電話の傍受工作を行ない、調査対象者の位置特定、通話やメール内容の確認、各種暗証番号の把握などができる。また傍受したデータは通信パターン解析専門のFBI分析官へと自動送信され、さらに専用のデータベースに転送されてリンク分析という特殊なデータマイニング(有力情報を洗い出す作業)にかけられる。

(悪名高いエシュロンの実態は)

だが、国際的な通信傍受システムとしてその存在が公然の秘密ともなっているエシュロン(Echelon)の機能はより驚異的である。FBIの傍受システムはエシュロンの技術の一部を特殊化したものであり、両者には深い関係があるとみてよい。エシュロンとは、米国、英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの英語圏5ヵ国の諜報機関によって運営されている国際的な通信傍受・中継システムにほかならない。エシュロンは米国のNSA(国家安全保障局)と英国諜報機関とがシステム全体の運営をリードしているといわれるが、米英両国はいまだにその存在を認めてはいない。オーストラリアとニュージーランドはその存在を認めたが、米国などはその問題ついてのコメントさえ拒否している。

エシュロンは全世界の電話、電子メール、インターネット、地上マイクロ無線波や各国の人工衛星の発信電波など、あらゆる通信データを無作為に傍受している。近年ではその能力は1日あたり30億回分の通信に対応でき、全世界の通信の90%が傍受可能だといわれている。無作為に集められた膨大な情報から、高度の解析力と分別能力をもつ諜報プログラム「Dictionary」によって重要情報だけが抽出され、データベースに保存される。エシュロンの通信傍受施設は関係5ヵ国内のほか、日本の三沢基地、キプロス基地、プエルトリコのサバナセカ基地、ドイツのバートアイプリング基地などに設置されている。そのほか、各国在外公館内に設けられた傍受施設や多数の人工衛星、EP3電子偵察機、携帯用小型特殊傍受器具なども情報収集に用いられ、また原潜などにより深海の通信ケーブルに盗聴装置を仕掛けることさえ行なわれているようだ。

エシュロンの当初の目的は、旧ソ連、中国、北朝鮮、東欧諸国の政治・軍事情報を収集分析することであったが、冷戦終結後その狙いはテロ組織のほか、友好国を含む各国の政財界人や外交関係者、重要民間組織、産業人、先端科学技術の研究者などへと向けられるようになった。まず狙いとする特定人物の音声波形を収集分析してデータをスパコンに記憶させておく。そして、空中や各種通信回路中を無数に飛び交う電波を無作為に傍受、スパコンによる超高速マッチングによって当該人物の音声だけを抽出し、その会話内容を把握するというのもその手口の一環だ。日本の重要人物の電話などは常時盗聴され、個々の詳細なプロファイリングさえ行なわれている可能性もある。国際間での企業競争が激烈になったいま、自国の企業と競合する他国企業の機密情報を入手し国益を守ることが、エシュロンの主要目的にもなっており、過去に日本企業が受けた損害は相当額にのぼるとも噂されている。欧州会議エシュロン特別委員会が「エシュロンは人権やプライバシーを侵害する」という報告書を可決したのもそのような背景があってのことなのだ。

超法規的な機密組織であるエシュロンの統括責任の所在は米国においても不明とされ、議会も法廷もその活動実態を検証できないというが、全世界で8万人ほどの職員が働いているらしい。通信傍受の行為自体は違法でないが、自国の情報機関でさえも通信内容を漏洩すれば違法となる。そのため、米国内の傍受データの解析は英国の組織が、また、英国内での傍受データの解析は米国の組織が担当し、日本での傍受データはニュージーランドの組織が解析するといった巧妙な対応策がとられている。エシュロンの存在を知る他国は当然機密情報の暗号化を促進しているが、重要情報の伝達プロセスすべてを暗号処理するのは事実上不可能だから通信内容傍受の完全防止は困難だ。また、たとえすぐに暗号解読ができなくても、ある暗号パターンが繰り返し出現したあとどんな事件が起るかをチェックすることによって、暗号解読のキーを得ることもできるのだという。

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