アンジュレータに送り込まれた電子ビーム中の断続的な電子集団は、18mm進むごとにN-S方向が逆転する磁場の影響を受けて、強制的に波形の蛇行軌道をとらされる。光速近くで運動する高密度の電子集団の進行方向が強力磁石によって急激に曲げられることになるから、その波形軌道の山と谷に相当する部分で電子雲のエネルギーの一部が剥ぎ取られて、曲線の接線方向、すなわち、水平方向に放射光となって放出され直進することになる。放射光発生の基本原理はスプリング8の場合と同じだと考えてよい。
負電荷を帯びそれ自体磁性体である電子集団は強磁場の影響を受けて蛇行を続ける。だが、放射光は磁場の影響を受けずに直進するうえ電子ビームより高速だから、前を行く電子集団に次々と追いつきそれら電子群に影響を与えて、一層集積密度が高くそれらの軌道の周波数と位相とが揃った電子集団を形成させる(マイクロバンチするという)。マイクロバンチされた電子集団の位相はほぼ揃うから、それらが発する放射光の位相のほうも揃うことになる。また、マイクロバンチ度が高くなれば高くなるほど極微小空間内に電子群が凝縮されることになるから、それら電子群が発する放射光のパルス長は極めて短いものになる。SACLA(さくら)の生み出すXFELのパルス長が今回フェムト(1000万分の1)秒単位の長さにまで短縮されたのはそのような背景があるからなのだ。もちろん、マイクロバンチされた電子集団のサイズは同一ではないから、XFELのパルス長を厳密に測定した場合一定にはならない。
なお、発光体となる電子群は光速に近い超高速運動をしているので、発光した放射光の周波数はドップラー効果(近づいてくる発振体の発する波の周波数が実際の波の周波数よりも高くなる現象)によってよりいっそう高められ、その波長はより短くなる。そして、このような一連のプロセスが光源棟中の全長120mほどに及ぶアンジュレータ内で何度も何度も繰り返されるうちに、発生した放射光は高周波X線レーザー光となって連結されたアンジュレータの末端から放出されることになる。いっぽうXFELにならなかった電子ビームはダンプ(廃棄)ルートへと送られる。我が国の技術を結集してのこの超高性能アンジュレータの開発により、SACLAの使用電力は欧米の同種施設に比べて大幅に削減されるとともに、将来的にはもっと小型で高性能なXFEL施設を建設することも可能になってきた。SACLAの10分の1、20分の1のスケールのXFELを開発し、個々の大学や工場などに専用システムを設置することも夢ではなくなってきている。XFEL施設建設については後発のスイス、韓国、中国なども日本方式を導入する方針であるという。
綿密に設計された実験研究棟
光源棟で発生したXFELは最終的に実験研究棟へと送り込まれる。実験研究棟は延床面積5500XFEL実験ホールは、縦56m、横33m、高さ10mで柱が一本も無い構造の大空間になっている。一階部には測定準備室や測定試料準備室などのような研究室ほか、得られた大量の実験データを高速処理する電算機室なども設置されている。また二階には、XFEL本格稼働後に発見されるであろう様々な新事実や、それらに基づく諸研究成果の発表、さらには各種ワークショップなどに備えた大会議室が設けられている。そのほかにも、来訪者が実験ホールの上方から実験風景を見学できるような専用スペースをも用意するという周到ぶりだ。
なお世界最先端の精密な各種実験研究が行われる一階の実験ホールには、目に見えない特別な設計上の配慮がなされている。その床には実験用の特殊な超精密機器類を設置する必要があるため、機器設置後の床面変動を極力小さく抑えなければならない。そのため実験ホールの床は建物全体の構造からは独立するように設計され、建物の震変動が床には直接伝わらないような工夫なども施されている。また、床を極めて硬く安定した岩盤上に設置することにより、将来にわたって僅かでも上昇・沈下の生じるおそれのないような対応策がとられもした。さらに、室内環境を安定させるため、季節にかかわりなく常時室内の温度と湿度が一定に保たれるように特種な空調システムなども設置されている。各種実験用機器類を特定温度に維持するための冷却水を供給することなども、その空調システムの優れた機能の一環だ。
国内外の最先端科学者らが集まって研究を行うことになるこの実験ホールには、現在2本のXFELビームラインが建設されているが、最終的には5本のビームラインが設けられる予定である。既に述べたように、XFELは、Å(オングストローム)レベルの超短波長のレーザー光で、太陽光の100億倍の明るさをもつスプリング8の放射光のさらに10億倍もの明るさをもち、そのパルス長はフェムト秒単位レベルである。この驚異的な光を用いれば、1兆分の1秒よりずっと短い時間で運動したり変化したりする原子や分子の様子を静止画像として捉えることもできるようになる。また、この光を極微小スポットに絞り込むことによって、電子をはじめとする物質構成要素が、極めて強い電場の中でどのような振る舞いをするかを調べることができるようになる。このうえなく強力なその機能が、エネルギー科学、触媒化学、医薬品開発、さらには地球科学や宇宙科学にもわたる多様な先端科学研究の発展に貢献することは間違いない。
「京」と連携する「さくら」
ところで、SACLAのXFELによって観測把握される膨大なデータは、スプリング8での研究データの場合と同様、計算機上で数学的に処理されてはじめて各種画像や解析グラフ類への変換が可能になる。ただ、XFELの場合にはフェムト秒ごとに集まる想像を絶するばかりの巨大データを超高速処理しなければならないから、実験研究棟に設置されている電算機の処理能力が如何に高くても、それだけでは対応不可能な状況が起こってしまう。そこで登場するのが、ほどなく神戸に完成する理化学研究所のスーパーコンピュータ「京」なのだ。「SACLA」のある理研播磨研究所とスパコン「京」のある理研神戸研究所とは共に兵庫県内に位置していることもあって、両者の間には特別回線が敷設され、互いに連携しながら日本の将来を担う各種重要研究を進めることになっている。「京」が演算速度世界一を達成した際の公式会見ではSACLAとの連携についてはまったく触れられなかったが、「京」がSACLAにおける研究に果たす役割は極めて大きい。なお、ちなみに述べておくと、SACLA(サクラ)は「 SPring-8 Angstrom Compact Free Electron Laser」の略称である。