時流遡航

《時流遡航》哲学の脇道遊行紀――その概観考察(12)(2018,06,15)

(人間の認知能力の発達過程を考える)
 20世紀に活躍した高名なスイス人心理学者にジャン・ピアジェという人物がいました。彼は、発達心理学、教育学、さらには基礎論理学などの研究分野において数々の業績を残したことで知られています。なかでも、各種の臨床的な研究を通じて子どもらの認知能力の発達過程を明らかにすることに挑み、幼少期における論理的思考力や科学的思考力の形成過程の解明に貢献したことは有名です。そんなピアジェは、自身の研究結果に基づく論著「発生的認識論序説」などを通じて、初等教育期における実践的な体験思考学習の重要性を訴えかけたのでした。言語学者のヴィトゲンシュタイン同様、若い時代にバートランド・ラッセルらの基礎論理学の研究に接しつつ学識を研鑽したピアジェは、スイスやフランスの大学で教鞭を執るようになったのですが、そんな折ある疑問を抱くようになったのです。それは数学や基礎論理学がらみの講義をしていた時のことだったそうなのです。
 ピアジェが抱いた疑問とは、それまで比較的順調に数学を学んできたはずの学生らが、大学で本格的な数学や論理学を学ぼうとすると高い壁に突き当たり、挫折してしまいがちなのは何故なのだろうかということでした。そしてその時、彼は、その原因が我われ人間の初等期における思考形成の過程のありかたと関係しているのではないかと思うようになったのです。実を言うと、並外れた才能の持ち主だった彼は、10代初めから諸生物の研究、なかでもナメクジなどのような軟体動物の生態研究に没頭し、19歳でヌーシャテル大学動物学科を卒業、ほどなく「ヴァレの軟体動物学序説」という研究論文で理学博士号を取得していました。そこで彼は、今一度軟体動物の生態研究に立ち戻り、その視点からの展望を出発点として人間の初等期における思考形成の過程を考察してみようとしたのです。
 その際にピアジェが考察した事象のごく上辺だけを簡略化して説明させてもらうと、次のようなことになるでしょう。たとえば、孵化したしたての軟体動物を、あるグループは平面しかない環境Aで、あるグループは斜面しかない環境Bで、またあるグループは平面と斜面が適度に交錯する環境Cで育ててみるとします。そして、そのままの状況で一定期間が過ぎるまで成長させたあと、ちょっとした実験をしてみると意外なことが起こるというのです。Cの環境で育ったものはAやBの環境に移して育てても何の問題もなかったのだそうですが、平面しかないAの環境で育ったものを、斜面しかないBや斜面と平面が交錯するCの環境で育てようとすると、その新たな状況にはまったく対応できないことが判明したというのです。斜面を這いあがったり這いおりたりすることができないばかりか、斜面に置くとたちまち転げ落ちてしまうのでした。実際、何度実験観察を進めてみても、一定期間を経てしまった場合には、新たな環境に適応することができなかったのです。
さらにまた、Bの環境で育ったものをAやCの環境に移して様子を窺うと、前のケースほどには酷くないものの、やはり十分には新環境に対応できないことも明らかになりました。それらの事実は、軟体動物にとってさえも初等期における経験的学習というものが重要であり、遺伝的本能だけでは十分環境に適応できないことを物語ってもいたのです。
やがて、ピアジェは、軟体動物のような下等動物でさえもそんな有様なのだから、高等動物である人間などの成長にとっては初等期の経験的学習がより一層重要な意味を持つに違いないと推測するに至ったのです。そして、それを契機に、彼は、生物学や生態学と認識論の世界とを深く結び付ける新研究に没頭するようになり、発達心理学者として、先駆的な認知科学理論を構築し、世界にその名を知られるようになっていったのでした。
哲学の脇道を散策中のはずなのに、なぜ心理学者の話をするのかとお感じの方もあるかもしれませんから、この際敢えて一言だけ付け加えさせてもらうことに致します。限られた専門領域のみに立つ視点から研究者を評価する傾向のある我が国では、ピアジェは心理学者ということになっていますが、生物学、生理学、数学、基礎論理学、言語学などについての深くて広い基礎知識を基に発達心理学の研究に貢献した彼の本質は「哲学者」そのものにほかならなかったのです。カントもデカルトもラッセルもホワイトヘッドも、日本で一般にそう受け取られているようなごく狭い意味での哲学者などではなく、文系理系の分野を超越し、総合的な基礎学問に広く通じた本来の意味での哲学者だったのです。
(ビアジェの唱えた理論の要旨)
 ピアジェはこの世に生を得た直後からの人間の認知思考の発達過程を四段階に大別しました。第1段階は「感覚運動段階(0~2歳)」というもので、感覚と身体運動が表象(意識上に現れる外的対象物の認知像)の介在なしに直接結びついている状況のことを示しています。さらに、それに続くのが「前操作の段階(2~7歳)」と呼ばれる第2段階で、他者の存在を認識はしはじめるものの、まだ他者の視点に立って物事を理解することが難しく、自己中心的な思考しかできないのがその特徴です。
 第3段階は「具体的操作の段階(7~12歳)」と称されるもので、このレベルに到達すると、実際に各種の体験を重ねることによって数や量の保存概念などが形成把握され、ある連続事象の進展過程を可逆的に、すなわち、時系列的に遡って操作したり考えたりすることもできるようになると言われています。そして、最後の第4段階は「形式的操作の段階(12歳以降)」とされるものです。この段階に到達すると、形式的あるいは抽象的操作が可能になり、一定の原理や前提を基に仮説を立てて特定の事象を説明する「演繹的思考」や、その逆に様々な具体的事象群からある法則や原理を導き出す「帰納的思考」をおこなうことができるようになると、ピアジェは述べています。ただ、各段階の年齢基準やその幅は、社会環境の変化や各国の文化の相対的違いなどによってそれなりに影響を受けますから、あくまでも参考の範囲に留め置くべきかもしれません。
 ピアジェがそれらのなかでとくに重要視したのは第3期の「具体的操作の段階」でした。この時期の子供たちには、様々な遊びや数々の自然体験などを通して各種の事物や諸々の現象との具体的な触れ合いを実践させ、それらを通してのちのちの論理的考究の中核となる内的思考モデルをじっくりと形成させる必要があると説いたのです。一見無駄にも映るこの段階の重要性を軽視し、形式的操作の段階への移行を急ぎすぎると、一時的には迅速に抽象的思考を習得していくように見えたとしても、真に深く高度な抽象的思考に立ち向かわなければならない状況に直面すると、高い壁を前にして挫折してしまうというのです。幼い児童がオハジキなどを手にし、数式の意味を自ら具体的に確認しながら、納得のゆくまで足し算や引き算の原理を学ぶのは、実は極めて重要なことなのだそうです。

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