時流遡航

《時流遡航》電脳社会回想録~その光と翳(4)(2013,05,01)

特異なケースではあったが、コンピュータ科学に関する私の講義を契機として数理科学に関心をもつようになり、藝大大学院修了後に東京工業大学に進んで科学分野の研究を志す者なども現われた。藝大での講義の話は他の美大にも伝わり、一時期のことではあったが、武蔵野美術大学や東京造形大学などでもコンピュータ絡みの講義をさせられる羽目になった。青山の「こどもの城」において、大学研究者や現役教師を対象に3次元LOGOを用いた数学授業のデモンストレーションと実践指導を行ったのもこの頃のことである。

一時的なブームのみに終わりはしたが、この時代、メーカー各社は、初等中等教育現場にコンピュータ教育を普及させ、その流れに乗じて学校に大量のパソコンを購入してもらおうという戦略を立てていた。実際、NEC、富士通、日立、SONYなどの機器メーカーはむろん、ソフトウエアやコンピュータ教育用テキスト開発に関わるベネッセやアスキーなどのような企業もその戦略を重要視していた。ほんの初歩的な機能しかない日本語ワープロ専用機は既に存在していたが、まだ日本語対応のWordやExcelなどのようなパソコンソフトはまだ登場しておらず、初期バージョンの「一太郎」という日本専用ソフトがようやく普及し始めた頃のことだった。だから、パソコンメーカーがLOGO言語を用いた学校教育に当面の活路を見出そうとしたのは当然のことだった。コンピュータ教育システムと称されるものは当時もう存在していたが、それは単に問題を画面に映し出してそれに答えさせるティーチングマシン形式のものに過ぎず。LOGO言語のように、将来の人工知能開発にも繋がる高度なプログラミング学習、さらには数学や物理学の原理・応用学習に深くかつ的確に対応できるようなものではなかったからである。

(教員を対象に講座をおこなう)

そんな折、私の住む東京府中市が、他地域に先立って公立中学校に教育用パソコンを導入することを決めたというニュースが新聞紙上で大きく報じられた。パソコンのみを導入してもそれらを駆使して教育を行う指導者や指導技術が欠けていたら宝の持ち腐れに終わってしまうし、だからと言って生徒の自主学習のみに任せているわけにもいかない。そこで、その旨を当時の市長に上申したところ、藪蛇とでも言うべきか、それなら是非とも市の教育センターで現役の教職員相手に講義をしてほしい、ついでにコンピュータ通信の将来的な可能性についても話してほしいという要請が飛び込んできてしまった。言い出した手前もあったので断るわけにもいかず、結局その要請に応じざるをえなくなった。

府中市教育センターでの定期講習会の参加者は市内の公立中学の数学や理科の先生がほとんどだったが、話を聞いて多摩の他地域から駆けつけてきた中学・高校の先生方の姿などもあった。市内のある中学の数学の先生などは極めて熱心で、自校に戻るとクラブ活動の一環として早速LOGO学習講座を開設し、自らも猛勉強を続けながらコンピュータ技術に関心を持つ数々の学生を育て上げた。私とその先生とが協力し合って指導した当時の中学生の中には、いまでは、大学の教官や,NEC,富士通、ソニー、キャノンなどのメーカーの中枢を担う存在となり、コンピュータを自在に操作しながら、それぞれの業務に専念している者たちもいる。現在こうして活躍できるのは昔受けたLOGO教育のおかげだと彼らから感謝もされているから、中等教育というものも決して捨てたものではない。

(教職員組合本部に出向く)

もっとも、そんなパソコン普及の黎明期には、すべてのことが順風満帆に進展していたわけではない。当然のことながら、反撥をうけたり、あらぬ誤解をうけたりすることも少なくなかった。私が府中市教育委員会からの依頼を受け、教育センターで教師向け講座を始めるという情報が流れると、当時八王子に本部のあった多摩地区の教職員組合からは、「その評価さえ定まらないコンピュータ教育なるものは、きわめて機械的かつ画一的で、生徒の個性や柔軟な思考の発達を阻害するおそれがある。またコンピュータ通信などは教育の中央集権化にも直結する。良識ある教職員は安易にコンピュータ講座を受講したりすることなどしないように」という趣旨の、なんとも心外な声明文が出されたりした。

その事実を知った私は、一応こちらの意見も述べておかなければならないと考え、門前払いを覚悟の上で教職員組合多摩本部に自ら足を運んでみた。突然の訪問だったことが逆に幸いしてか、高校教師を休職してそのポストに就いているという当時の組合長と対面することができた。私より少し年長のその人物は、出身学部こそ異なっていたがたまたま大学の先輩格に当たっていた。こちらはあくまで鄭重かつ冷静に対話を進めるように心がけたのだったが、批判俎上の当人自らの不意の訪問に面食らった相手は、困惑しきった様子でまず声明文の趣旨を説明し、そのあと、「日本語ワープロ専用機までは使用を認めていますが、コンピュータとなると規制せざるをえないです」という奇妙な一言を吐いた。

そこで、一呼吸おいたあと、「お気持ちはよく解りますが、ワープロ専用機だって実はコンピュータそのものなんですよ。皆さんの給与計算や各種旅行券の予約だってこの時代はもうコンピュータ処理に移行していきつつあるんです」と穏やかに言葉を返した。そして、そうこうする間にも休みなくファックスから打ち出される各種の檄文らしいものを横目で眺めやりながら、さらに、こちらの見解を述べさせてもらった。

「常時発展し変容し続けるコンピュータ教育というものに決定的な評価を下すことが困難なのは事実です。ただ、コンピュータ教育と一口に申しましても現代社会には色々なシステムや考え方があり、生徒の個性を伸ばしたり、柔軟な思考を発達させたりするといったような、皆さんが大切にしたいと考えておられるような教育的側面をサポートする役割だって秘められているのです。年齢的に見て皆さんにはコンピュータの必要はないのかもしれませんが、未来を背負う子供たちとなると話は別ですよね」と話しかけ、さらに続けた。

「むろん、コンピュータ社会やコンピュータシステムを教育者としての立場から批判なさることは大切で、それはコンピュータ教育自体の発展にとっても大変重要です。ただ、そのためには、皆さんにもコンピュータというものの利点や問題点を実際に体感して戴かねばなりません。コンピュータ通信だって、そこに自由な交流や発言のための空間が生まれるからこそ意味があるわけで、それが教育制度の中央集権化に繋がるというのは誤解です」

結果的にはこの意見交換が功を奏し、その後は組合からの露骨な批判はなくなった。それどころか、組合の先生向けにコンピュータ教育の指導をしてもらえないかという話さえ舞い込んだ。ただ、諸事情が複雑に絡みその話は立ち消えになってしまった。

カテゴリー 時流遡航. Bookmark the permalink.