時流遡航

危機的状況にある我が国の高等教育(2)(2010,11,15)

我が国の高等教育、なかでも基礎学術研究が窮状に陥りつつある原因は、きわめて複合的である。錯綜する諸要因相互の連関性を明らかにしながら、順次その詳細を述べていくことにするが、多岐多様な要因をあらかじめ列挙しておくと次のようなものになるだろう。

  1. 大学や研究機関に対する国費の支出削減や競争的資金制度の負の側面。
  2. 国立大学法人化にともなう諸問題。
  3. 高等教育や基礎学術研究の重要性に対する政官民の無理解と成果主義にともなう弊
  4. 真の意味での高等教育に対する国家理念の欠如と学術行政の立ち遅れ。
  5. 大学や大学院教育制度の諸問題。
  6. 研究者の全体的な資質低下や共同研究推進力の欠如。
  7. 名目だけの産学共同促進の実状。
  8. 企業の人材採用システムや学生の就職活動の現状に起因する問題。
  9. 学術研究の国際的発信力の欠如。
  10. 大学関係者の社会へのアピール力や学生指導力の低下。
  11. 自立心や探究心に欠け、基礎学術に対する関心のない学生の増加。
  12. 学術研究の重要性に対するマスメディアの理解不足。
  13. 大学乱立の無責任な背景。
  14. 海外からの優れた留学生の獲得やその能力による国力強化政策の欠如。

運営交付金や競争資金の問題

長年続く日本の経済不況と、それに伴う近年の国家財政悪化のため、国立大学や国立の研究機関をはじめとする高等教育機関への公的な財政支出は毎年減少し続けている。ここ何年かにわたり、国立大学等への運営交付金は前年度比で3%ずつ削減されてきているのだ。3%の削減というと大きな影響はないように思われるかもしれないが、等比級数的に削減されていくわけだから、その状況が数年も続いたりしたら容易ならざる事態に陥る。しかも、その前年比3%の運営交付金削減に伴い、大学の諸経費項目がいずれも3%ずつ均等に削減されるならまだしも、現実には教職員の給与や既存施設運営の諸経費は削減するのが難しいので、勢い研究費のほうに大きな皺寄せがいくことになる。こんなことでは、研究水準が低下するのも当然と言うほかない。

理工学系や医科学系の研究者は、科学研究補助費(科研費)のほかJST(科学技術振興機構)供与の特別枠の競争的資金を獲得する道などが残されているからまだましも、文科系や教育系の研究者の窮状は目を覆いたくなるばかりだ。また、理工学系・医科学系の分野でも、近年主流の「成果主義」になじまない基礎科学研究などの場合、特別枠の競争的資金の獲得は難しい。したがって、実用技術に直結しにくい基礎科学研究の場合は、科研費や大学運営交付金の中から割り当てられる細々とした研究費に頼らざるをえない。

2011年度の国家予算では、大学運営交付金や科研費の一部がJSTなどの特別枠の競争的資金にまわされる運びになっているから、本来長期的展望に立つべき基礎学術研究分野はますます衰退の一途を辿ることになるだろう。優れた研究能力を持ち、将来が嘱望される若手の基礎科学研究者が本来の研究継続を断念し、研究費不足を解消するため、競争的資金を獲得しやすい実利優先の応用研究に転向する事例なども続出している。基礎科学に対する評価のウエイトが大きいノーベル賞を狙うなど、もはや遠い世界の話にさえなってきているのだ。工学や農学に比べてすぐには実用化の難しい理学系の研究では、とくに研究費確保が困難になっており、実験器具類や専門書の購入もままならぬ事態になっているという。

ちなみに述べておくと、1970年頃に名古屋大学の理学部助手だったノーベル賞学者の小林誠氏には年間100万円の研究費が支給されていた。だが、現在の名古屋大学理学部助教(以前の助手に相当)には50万円程度しか支給されていない。その時代、大学卒初任給が2万円前後だったことを考慮すると、現在の実質的な研究費は当時の5%ほどしかないことになる。だが、そんな危機的状況を国民に認識してもらうのは容易でない。

競争的資金にも弊害が

一方、JSTなどがごく少数の研究者に提供する競争的資金は、当初1件あたり90円という高額だった。その後一件あたり30億円まで減額されたが、なおその額は大きい。ただ、意外なことに、熾烈な競争を経て運良く資金の支給対象者に選ばれた研究者にしても、なお苦悩は尽きないといわれている。競争資金を得られず研究費に窮する数多くの研究者の羨望に満ちた視線を浴びる中で、目に見えて大きな実利的成果の達成を求められる研究者の心理的プレッシャーは容易ならざるものだからだ。90億円の競争資金を獲得したあの人工多機能性幹細胞(iPS細胞)研究の山中伸弥京都大学教授でさえも、一時は大変な重圧のため心身のバランスを崩すほどだったと聞いている。

謙虚で人一倍慎重な人柄の山中教授にすれば、諸メディアからノーベル賞候補と煽り立てられる最中に莫大な競争的資金を供与され、実用的な応用研究面で一刻も早く大きな成果を上げるようにと期待されることは、苦痛以外の何物でもなかったに違いない。世界に先駆けiPS細胞の基礎研究に成功したとはいえ、山中教授自身は、その応用研究において欧米先進国の豊富な資金力と幅広い組織力に立ち向かうのは困難だと自覚している節がある。

また、山中氏は、臨床医から基礎医学の研者者に転じ、米国に留学して帰国した直後の一時期、日本の基礎医学の劣悪な研究環境に絶望してノイローゼ状態になり臨床医復帰を考えたという過去をもつ。たまたま運良く奈良先端研に基礎医学研究の場が見つかったからよかったものの、そうでなければ今日の偉業達成はなかったかもしれないという。現在の立場上、迂闊なことは言えないだろうが、山中教授の心中は察するに余りある。

競争的資金を獲得した他の研究者の場合でも、その運用法の策定や煩雑な報告書類作成に追われて頭を抱えるケースもあるいっぽうで、相当な無駄遣いもなされているようだ。多くの研究者が、一人に30億円供与するより10人に3000万円、あるいは30人に1000万円ずつ支給したほうが有効かつ有意義だと考えているというが、そんな声は行政当局には伝わっていない。競争的資金の配分を握る文科省系列の官僚色の強い組織が、大学や研究機関に対する支配権を手中にし、何らかの利得を得ている可能性すら感じられる。

クロスカップリング技術の開発でノーベル賞を受賞した鈴木・根岸の両氏が特許を取得しなかったのは、基礎科学研究は全人類に寄与するものだとする当時の風潮からすれば至極真っ当なことだった。だが、科学研究においても国際間での特許取得競争が烈しい近年では、JSTから年間1000万円レベルの研究費を供与されている研究者でも、見返りとして極力実践的応用研究を優先し、その成果については「必ず特許を取得するように」との指導と要請がなされているようだ。特許申請には多数の書類作成が必要なため、長期間にわたって研究が中断してしまう弊害も生まれてきているという。

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