時流遡航

《時流遡航》哲学の脇道遊行紀――その実景探訪(2)(2018,10,15)

(正七角形の描画法を介して見る数値理論の裏面)
 さて、問題の正七角形の描き方なのですが。実を言うと誰もが呆れるような簡単な手法があるのです。ただ、その話をする前にもう少し実数というもののもつ意味やその特性について考えてみることにしましょう。通常、我われは、整数値によって表される長さや重さなどは明確そのものなので信頼がおけると感じがちなものです。それに対し、小数、なかでも循環小数や無理数の近似値のような乱数列の無限小数で表される長さや重量などについては、何となく不明確で絶対的な信頼がおけないように感じてしまうことが少なくありません。そのような認識様態の相違は正多角形を描く場合にも生じます。正三角形から正十角形までの正多角形のうちで、正七角形の場合だけは一辺に対応する中心角を表す数値が整数にはならず、51.428571…という循環小数なるから、分度器やコンパスを用いても他の正多角形のように正確には描けそうにないと勝手に決め込んでしまうのです。
 一見もっともらしく思われるのですが、この種の思考様態は、整数という概念のそなえもつ表面上の明瞭さに少なからず毒されてしまった結果だと言えるでしょう。この世の諸現象に深く関わる数理科学上の数値類のなかで、正確無比な整数値をとるものなど皆無だと断言してもよいくらいかもしれません。そこで今一度角度のもつ性質に話を戻し、全円周を360度と定めた場合の1度の定義が如何なるものかをもう一歩踏み込んで考察してみましょう。もちろん、円周を360個の弧に等分した場合に、1個の弧の両端と円の中心とを結んだときできる角度を1度と定めたものがその定義です。ところで、半径1の円の円周を360等分したときの1個の弧の長さはどうなるでしょう。計算すると2π÷360=0.01745…という無限小数になってしまいます。その理由は円周率πそのものが無限乱数数列で表される特殊な無理数(超越数)だからです。そうしてみると、分度器の1度単位の目盛というものは、厳密に考えるなら、それらすべてが真に等しいのではなく、一定の誤差範囲内で等しく見えるように刻まれたものだということになります。
分度器の原器を製作する際には当然レーザー光その他を駆使した精密加工技術が用いられることになりますから、誤差は極力小さくなるように配慮がなされます。そのため通常の人間の視覚的認識能力からしてみると、どの角度の目盛幅も同等に見えるというだけのことなのです。整数値で表される角度というものは、小数値をとる角度に較べてより正確で信頼できるように思われるかもしれませんが、定義に立ち返って考えると両者は同等だとも言えるのです。したがって、直角が40度に、また全円周を280度に定義された、正七角形を描くのに便利な分度器が存在しても少しも不思議ではありません。
基本となる角度の定義そのものが便宜上なされているものであり、絶対不変の固定値をとるものではないとすれば、分度器やコンパス、定規等を用いて描かれる各種正多角形も近似的な等辺図形に過ぎないということになります。例えば、コンパスと定規を用いてごく単純な正三角形を描く場合には、基線となる直線の両端を中心にして基線と同じ長さを半径にもつ2つの円弧を描き、その交点を求めたうえでその点と基線の両端とを直線で結びます。しかし、そうやって描かれた正三角形には、コンパスの針先の位置や求める交点相互間の微妙な位置のずれ、さらには3点を定規で結んだ3直線の長さや線幅に微細な差違が生じますから、厳密な意味での正三角形にはなりようがありません。だからといって、分度器を用い、基線と60度の角を成しかつその両端を通るような二直線を描いてその交点を求め、正三角形を完成させたとしても、端点の定め方や線の引き方、分度器の使用と測定手順などに伴って生じる誤差だけは避けようがありません。正三角形でさえこのような有り様ですから、絶対的に正確無比な正多角形など描きようがないわけで、この世に存在する正多角形のすべては誤差含みの近似図形だということになるのです。
(任意分割法で正七角形を描く)
そうしてみると、正七角形にも多少の誤差はあっても構わないことになります。そこで、円を描き、その円周を既成の分度器を使って中心角が51.425871…≒51.4度となるような七個の円弧に分割し、それらの弧の端点を結べば一応正七角形らしきものは出来上がります。ただ、話の核心はこれからです。意外なことですが、微細な誤差の存在を前提とするなら、分度器などには一切頼らず、コンパス、ディバイダー、定規のみを用いてより正確な正七角形を描く方法が存在するのです。それは昔から伝わる正多角形の描画手法で、「任意分割法」と呼ばれているものです。その手法を知って驚き呆れる方もあるかもしれませんが、裏を返せばそれほどまでに見事な手口なので、覚えておいても損はありません。
 まずコンパスで用紙上になるべく大きな円を描きます。半径は任意に設定してください。次に最初の円より小さい半径の同心円を描いてみてください。こちらのほうも半径の長さの設定は随意です。続いて最初に描いた大円の円周上の任意の位置に基点をひとつ定めてください。コンパスでも構いませんが出来ればディバイダーを用い、片方の脚の先端をその基点に刺した後、おおよその目分量で全円周の7分の1程度の長さの弧の両端を挟む幅に両脚間を開きます。そして両脚の先端を交互に支点にしながら、円周上を正確に跨ぎ辿るようにして6回だけディバイダーを動かします。6回目の操作によって到達した点を中心軸にして7回目の操作に移ろうとすると、支点でないほうのディバイダーの先端は最初の基点の手前にくるか逆に基点を超えた位置にくるかのどちらかになります。
 もしその先端が基点の手前にくるようなら、その時点でディバイダーの幅を基点との間の弧(残りの弧)のおよそ7分の1相当分だけ広げてやります。逆に基点を超えてしまった場合には、余分な弧のおよそ7分の1相当分だけディバイダーの幅を縮めます。そして
再び基点から始めて同様の操作を繰り返します。そのような操作を重ねていくと毎回ごとに誤差が小さくなり、5~6回もすると視覚に頼る限り、7回目の操作後のディバイダーの先端がぴたりと基点に一致することでしょう。あとは、その最後の操作における基点並びに各支点をチェックし、直線で結べば正七角形が描き上がります。さらに、円の中心と正七角形の各頂点とを7本の直線で繋ぎ、それらの直線と内側の同心円との交点を求め、各点を結べば、理論上ではより誤差の少ない正七角形が描かれることになります。
 この任意分割法は正三角形や正方形を始めとする他の正多角形を描く場合にも有効でしょう。しかも、コンパスや定規を多用して数学上の論理的手法で描くよりも一層正確で誤差の少ない図形が仕上がることでも知られています。それが何だと思われるかもしれませんが、この話は理論と現実の狭間で起こる諸々の問題を暗示もし、象徴もしているのです。

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