時流遡航

~ 新年を迎えるにあたって(2013,01,01)

2013年の新春を迎えることになったが、この巳年にはいったいどのような出来事が待ち受けているのだろう。ヤマタノオロチ並みの大蛇が出るのか、ほどほどの体長の中蛇が出るのか、それともほとんど目立たない小蛇の出現だけで終わるのか、そればかりは誰にもわからない。昨年末に誕生した新政権が国民の期待以上に大化けするのか、毒にも薬にもならない凡庸な存在であり続けるのか、それとも前政権にも増して醜態を晒す結果になっていくのか、これまた神のみぞ知るところだ。我われ国民はそんな先の知れない状況を前に、極力冷静に振舞い、試行錯誤を繰り返しながら時の推移に身を委ねていくほかない。

ただ、そうは言ってみても、かつては「日出ずる国」であったはずのこの日本が、破綻寸前の国家財政のゆえに輝かしいその名とは裏腹の「斜陽の国」と化しつつある実情を思うと、いささか忸怩たる思いもしなくはない。完全に日が沈み「闇の国」になり果てる前になんとか日輪の運行を反転させ、せめて昼下がりの位置くらいにまでは太陽を押し戻してみたいと願うのは筆者ばかりではないだろう。そのために何をすればよいのか……、その問いに答えることは容易でないが、まったく手掛かりがないというわけでもない。

(SACLAの今後に期待する)

去る12月8日、東京国際フォーラムにおいて、文科省と理研主催の第2回SACLAシンポジウムが開かれた。SACLAとは昨年3月から本格稼働に入ったX線自由電子レーザー施設(兵庫県佐用町)のことで、その詳細については本稿の11年7月15日号~8月15日号において紹介済みである。そのシンポジウムでの講演を依頼された筆者は、国家基幹科学技術であるSACLAの機能とその特殊性、さらには将来の可能性について話をすることになった。X線自由電子レーザーの専門家ではないのだが、以前にSACLAのあるSPring-8(高輝度光科学総合研究センター)の学術成果集の執筆や制作に携わった関係で、当日壇上に立たされる羽目になったのだ。SACLAというこの国家基幹技術は、今後の日本発展の原動力ともなる極めて重要な存在である。SACLAは0.63Å(Åは1000万分の1mm、水素原子のサイズレベル)もの驚異的な短波長、10フェムト秒の超短パルス(10フェムト秒=100兆分の1秒、光が0.003mmだけ進む間に相当する発光時間長)、さらには太陽光の100億倍のさらに10億倍もの超高輝度をもつ、特別な光を生み出すシステムなのだ。

ナノメートルサイズのタンパク質の立体的分子構造やÅサイズの水素原子のような極微物質の空間的構造、さらに関連電子の様態などを直接に調べるには、それらと同サイズか、それより短い波長の光が必要となる。対象物のサイズより大きな波長の光だと当該物を照らさずに跨いで通過してしまうからだ。また、光速に近い速度で運動する電子の瞬間的映像を捉えるには、10フェムト秒レベルのパルス長の光(飛翔中の蜂などの瞬間的な動きを撮影するカメラの高速シャッター機能にも類似)が必要になる。さらになお、極微な観察対象物の姿を鮮明に捉えるには、その対象物を極力明るく照し出さなければならない。どんなに眩しく輝いて見えたとしても、通常のレーザー光などでÅサイズの極微物質を照射するのは、闇夜に通常の懐中電灯の明かりで石垣の深い穴の奥にいる小蠅か何かを照らし出そうとするに等しい。より分かり易い比喩を用いれば、低輝度で波長とパルスの長いビームによる探査は、薄明りの中で1cm単位の目盛しかない定規を使って暗い巣穴の奥にいる蟻の足先の細い毛の太さやその素早い動きを測定するようなものなのだ。

意外なことに、このSACLAは、短期で実利獲得の可能な「応用科学」優先の日本では珍しい「基礎科学」の研究施設、すなわち、「何かの役に立つ」ためではなく「未知の何かが起こる」ことを期待して造られた画期的な施設なのである。費用対効果を重視する短期成果主義の発想ではSACLAのようなシステムは造れない。現在、SACLAと同種のX線自由電子レーザー施設は米国に一基存在するのみで、しかも、SACLAのもつ性能は米国の施設のそれより遥かに高い。また、著名な研究者ばかりでなく大学院生らにも開かれているこの施設からは、未知の領域へのチャレンジングな探究を通じ、近い将来、ノーベル賞級の業績や従来の発想を超えた汎用技術などが続々と誕生することも期待されている。些か沈滞気味なこの新春にあたり、SACLAに日本飛躍の先導役を託すのも悪くはないだろう。

(社会の科学化・科学の社会化)

光に近い速度で動く電子の瞬間映像把握も可能なSACLAには、光合成や触媒反応に象徴される超高速化学反応のプロセス解明も期待される。それが実現すれば超高エネルギー効率の化学反応の活用、新触媒開発、超高性能燃料電池の開発も可能になる。特殊ミラーによってSACLAの輝度を高めて照射し、超高温高圧状態を生み出せば、未知の物質の創成、さらには真空崩壊現象(陽子と反陽子、電子と反電子が相互作用して真空になるのと逆の現象)研究へのアプローチも期待できる。X線量子光学の新分野を開拓し科学技術の一大革新が実現すれば、フォトニクス素子の開発が進み、光コンピュータや量子コンピュータ(現在のスパコンで1千万年かかる演算を1秒で処理可能)の登場も夢ではなくなる。

SACLAの登場により、従来は時間をかけて原子や分子が静止した結晶状態を人工的に作り出し観測するしかなかった膜タンパク(約10nm)のダイナミックで瞬間的な動きなども直接観察できるようになる。今後の課題だとされているiPS細胞のメカニズム解明なども期待されよう。膜タンパクをはじめとする生体分子の構造や機能の解析が進めば、創薬産業の技術基盤が強化され、高度な新薬の開発も一段と促進されることになる。

特殊技術を持つ500社もの国内企業が連携協力し合い、時には切磋琢磨し合って開発したSACLAは、国産技術が95%以上を占める日本独自の先端技術の集合体である。SACLA建設を通して新たに創出・改良された革新的諸技術は、各々が派生的に斬新な産業分野を生み出す可能性を秘めており、国際競争を勝ち抜くために不可欠な国家産業の基盤を一段と強化することになるだろう。

SACLAの開発工程においては、過去の常識を破り、全く異質な企業や技術同士が結融合し新技術を生み出してきた。その過程で生まれた数々の物語や、物語誕生に関係した諸企業の相関図、個別の特殊技術開発に携わった企業群のチャートなどが明示されるようになれば、それらを手掛かりにして多方面から様々な要請や技術交流の呼びかけが生じ、派生的に各種の新技術や新産業分野の創生・発展が起こるに違いない。「社会は科学化され、科学は科社会化される」という新たな視座に立ち、科学者や技術者と社会学者とが連携すれば、再び日本は自信を取り戻し、世界の学術界や産業界をリードしていくこともできるだろう。

カテゴリー 時流遡航. Bookmark the permalink.