時流遡航

第18回 先端光科学研究の世界を訪ねて(10)(2011.7.15)

6月、理化学研究所に関するビッグニュース2本が飛び込んできた。今年竣工したX線自由電子レーザー(XFEL)が1・2Å(オングストローム=1000万分の1㎜を表し、原子1個とほぼ同サイズ)の世界最短波長X線レーザー発振に成功したというニュースと、完成間近なスーパーコンピュータ「京」が試験稼働段階で演算速度世界一を達成したというニュースである。

スプリング8の隣に390億円をかけて完成した全長704mのXFEL施設SACLA(サクラ)は、現在、本格稼働に備えて試験運転に入っている。その段階で達成された波長1・2ÅのXFEL発振成功は、先行稼働する米国のXFEL施設が昨年4月に達成した1・5Åという記録を更新した。最終的には0・6Åの波長をもつXFELの安定発振を狙っている。同種の施設は欧州でも建設が進んでいるが、欧米のものは全長3~4㎞とSACLAに比べて大規模で、建設費も運用費も遥かに高額である。しかも、その性能もSACLAには及ばないため、その技術の適否が問われている。

X線自由電子レーザーとは

レーザー光線は、波長が同じであるばかりでなく、位相の揃った(空間的に見て波形の山と山、谷と谷とが綺麗に揃った)単色光の束で、指向性(拡散することなく特定方向に進む性質)が強く、干渉性(明るく綺麗な光を形成する性質)が高い。このような性質をもつ光は「コヒーレントな光」と呼ばれ、可視光線領域でその種の光を発生させることは容易である。だが、硬X線領域に属する極めて波長の短い高エネルギー光レベルでのコヒーレントな光、すなわちX線レーザーを生み出すことは至難の業だった。近年までX線自由電子レーザーが「夢の光」と呼ばれてきたのは、そのような事情があったからである。

スプリング8の放射光X線は太陽光の100億倍もの明るさを誇ってはいるが、コヒーレントな光ではなく波長も位相もまちまちなX線の集合体である。それゆえ、それら放射光X線群をコヒーレントな光にするような制御技術が登場すれば、スプリング8の放射光の10億倍も明るくて、桁違いに指向性の高い夢の光を生み出すことができる。また、現在のスプリング8放射光のパルス長(発光時間)はピコ(1兆分の1)秒単位レベルだが、新たに生み出すXFELのパルス長をフェムト秒(1000兆分の1秒:光が0・0003mm進む時間)単位レベルにまで短縮できれば、原子や電子の超高速運動の様子の直接観測さえも可能になる。それゆえ、難業とは知りつつも、日本の研究者・技術者らがXFELの開発に挑んだのは当然の成り行きだった。文字通り「現代先端技術の結晶」であるSACLAの建設には、国内から各分野の優れた研究者や技術者が総動員されたが、その中核になったのはベテラン5人、若手15人からなる専門家集団だったという。

全長704mに及ぶSACLAは、順に直線状に並ぶ、加速器棟(415m)、光源棟(233m)、実験研究棟(56m)の3棟から成っている。加速器棟には電子銃と電子加速器が設置されている。電子銃は電子を発生させる装置で、そこで発生する電子ビームの性質がXFEL全体の性能を大きく左右する。発生した電子の飛び出す方向のバラつきが小さくて電子密度が高く、かつ電子ビームの広がりが極力抑えられていないと、超高輝度・超高周波・超短パルスのX線自由電子レーザーは発振しないのだ。そのため、セリウムポラロイドという物質の単結晶をカーボングラファイトロッド(一種の炭素棒)のなかに埋め込み、1450℃まで加熱して最適な熱電子ビームを生み出す「熱カソード型超高電圧電子銃」が開発された。

この電子銃で発生した電子ビームは、これも日本が独自開発した「高加速勾配Cバンド加速器」に送り込まれ、ほぼ光速に近い80億電子ボルトまで加速される。Cバンド加速器とは5・712G Hz の周波数(Cバンド)のマイクロ波を用いて電子ビームを加速する装置のことで、2・856GHzの周波数(Sバンド)のマイクロ波を用いる従来の加速器に比して加速効率が大幅に高まった結果、ずっと短い加速距離で電子ビームに高エネルギーを与えることができるようになった。クライストロンという大電力マイクロ波発生装置から導波管を経て加速管に送られるCバンドマイクロ波が電子ビームを加速するシステムで、加速管内は宇宙空間並みの超高真空状態に保たれている。なお、「加速勾配」とは加速管1mあたりの電子加速エネルギー増加量のことである。

高性能アンジュレータの開発

128本の加速管を中心軸がズレないように連結するには、加速棟の床面の平坦度を0・1mm以下の誤差範囲に抑える必要があり、そのため驚異的な性能をもつ床研削研磨装置が開発されたりもした。

加速棟で80億電子ボルトまで加速された電子ビームはXFELそのものを生み出す光源棟へと送り込まれる。光源棟の要は日本が独自に開発した真空封止型アンジュレータである。語源の「undulate」が「波打つ、蛇行する」といった意味をもつ言葉であることからもわかるように、アンジュレータは送入された電子ビームを磁石の力で強制的に波状蛇行させる装置である。SACLAのアンジュレータでは、個々の幅が18mmの強力なネオジウム永久磁石をN極とS極が交互になるように277個並べたもの(全長約5m)を上下2列に配し、双方の磁石列のN極とS極とが互いに向き合うように設置してある。個々の磁石の幅を既存のアンジュレータのそれより一段と小さくしたのは、電子ビームの周波数(蛇行回数)を増やすことにより、アンジュレータの長さを短くて済ませるためだった。

また、光質や機能が常に安定したXFELを発振させるには強力な磁場が必要なため、ギャップと呼ばれる上下磁石列の間隔は極力狭くなるように工夫し、加えて、1000分の1mm以下という厳格な精度でその間隔を制御しなければならなかった。だが、従来のアンジュレータでは磁石列の間を真空走電子管が通っていたので、上下磁石列の距離を一定以上狭めることは不可能だった。そこで、電子ビームを通す真空容器中に上下磁石列自体を封入するという特殊技術を開発してギャップを狭め、格段に強力な磁場を生み出す真空封止型アンジュレータを完成させた。光源棟ではこのアンジュレータを18台連結してあり、接続部を含めるとその全長は120mに及ぶ。それらはほぼ完全な水平状態に設置されなければならず、理論上の中心軸からのズレの許容度は全長に対し0・1mm以内だった。重力方向を基準とする通常の精密水準器を用いてこの作業をすると、地球は丸いため、100mにつき0・78mmのズレが生じてしまうので、その補正機能も必要だった。

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