時流遡航

《時流遡航》哲学の脇道遊行紀――その実景探訪(4)(2018,11,15)

(乗法や除法の演算における類の概念と単位の役割)
 自然数による初等的な足し算・引き算と「類」の概念との関係についてごく簡単に述べてきましたが、それでは掛け算や割り算と「類」の概念との関係のほうはどうなのでしょうか。まず、「2×3=6」という易しい計算式を事例にしながらその問題について少しばかり考えてみることにしましょう。この事例においては、2という数の属する「類」と3という数の属する「類」とが同じの場合、一般的にはその計算式の意味するところが不明なものになってしまいがちです。2個のリンゴと3個のリンゴを掛け合わせたら「2個×3個=6個・個」という結果なってしまうわけですが、これが何を表すものなのかは我われにはよくわかりません。しかし、この種のケースには特殊な事例が存在しています。それは「2m×3m=6㎡」とか「2m×3m×4m=24㎡」とかいったような事例で、それらの結果は「面積」や「体積」といった新たな類概念へと昇華していくことになります。
 では、同じ「類」に属する数と数の間で6÷3=2のような割り算を行う場合にはどうでしょうか。リンゴ6個をリンゴ3個で割ると、「6個÷3個=2個/個=2」となり、「類」に不可欠な単位が消え、無単位の自然数2だけが残ってしまいます。そこで我われは「倍」という抽象的な単位概念を案出し、「2倍」などのように記述してその計算式に意味を持たせることにしたのです。従って、具体的な事物の様態と直結した「個」のような概念に比べて「倍」という概念は抽象度が一段高いということになるでしょう。
 続いて、それぞれが異なる「類」に属する数値と数値を掛け合わせる場合はどうなるのかを考えてみることにしましょう。足し算や引き算とは違って、掛け算や割り算には異なる「類」に属する数と数を一つに結び付ける機能があります。ただ、この場合にも、その結果を表す数値には意味があるものとそうでないものとの2通りがあるようです。例えば、「2kg重×3m=6kg重・m」のように掛け算によって、「kg重」という質量を表す単位(類概念)と「m」という距離を表す単位(類概念)とを結びつけてやると、力学の分野などでお馴染みの物理的仕事量を表す「kg重・m」という新たな単位(新類概念)が生まれてくるわけです。ただ、現実問題としては、掛け算によって類概念を結合する場合、「2本×3頭=6本・頭」のように「本」という単位と「頭」という単位を結び付け「本・頭」という新単位を生み出してみたとしても、それに何らかの意味付けをすることが不可能な事例が殆どだと考えてよいでしょう。将来、人間の認識様態が大きく変わり、現時点では意味不明なその種の概念に何らかの意義を見出すようになったとすれば話は別になりますが……。
では割り算を持ち込むとどうなるのでしょう。実を言いますと、異なる類と類とを有意に関係づけるという点では、こちらのほうが機能性は高いのです。日常的に馴染みがあるのは、「6m÷2秒=3m/秒」のような関係式で、「m」という距離単位(類概念)と「秒」という時間単位(類概念)とを結び付けることにより「m/秒」という単位(類概念)、すなわち、「速度」という新たな類概念が創出されるわけなのです。「6個÷2人=3個/人」の場合の「個/人」のような一人当たりの物の個数を表す単位(類概念)、さらには「6人÷2室=3人/室」の場合の「人/室」のような一室あたりの収容人数を表す単位(類概念)も容易に導き出されます。この種の事例は枚挙にいとまがありません。
また、異なる類概念間を繋ぐこのような割り算の機能を考慮すると、異なる類と類を掛け合わせる場合の意味をより深く理解することも可能になります。例えば、5頭の牛を積んだトラックが4台あるときの牛の総頭数を考えるとき、私たちはすぐさま、「5頭×4台=20頭」という答えを出してすっかり分かり切った顔をしています。しかし、単位のことを考えてみると、この場合正しくは、「20頭・台」ということになってしまいます。
いったいこのことをどう説明すればよいのでしょうか。実はこの問題、より論理的に考えると、5頭の牛が1台のトラックに積まれているわけですから、その状況は正確には、「5頭÷1台=5頭/台」と記述されるべきであり、すると前述のケースは、「5頭/台×4台=20頭ということになります。すなわち、「1/2×2=1」という分数と整数の掛け算そのままに、「(頭/台)×台=頭」という両単位間の掛け算処理が成立するというわけです。さらにまた、その逆の「20頭÷4台=5頭/台」や「20頭÷5頭/台=4台」という関係式が成立することも明らかでしょう。後者の場合には、「頭÷(頭/台)=頭×(台/頭)=台」という単位間の割り算や掛け算が行われていることになります。
(数と類との関係は科学の基本)
 このように、自然数をはじめとする諸々の数というものはそれらに単位(類概念)を付属させたうえで相互に加減乗除することによって、はじめてそれらの演算に重要な意味が生じてくるのです。諸々の「類の概念」と各種数値間の結び付きに関する一連の問題は、できることなら初等教育期の子供たちに、じっくり時間をかけ易しい事例を提示しながら学ばせるようにしたほうがよいのかもしれません。自然数をはじめとする諸々の数値から「類」の概念すなわち「単位」を切り離し、純粋に数値間だけの演算機能のみを特別視するとすれば、それは極めて抽象的な存在、すなわち、現実の事象が直接織り成す具体的な世界を記述する目的からは大きく乖離した存在になってしまいかねません。
初等教育期の児童や生徒らに整数や分数などの数値のみを四則演算記号で結び付け、演算法則に則って答えを出すよう指導することにはそれなりの意義もありますが、別の見方をすれば、具体的操作の段階から形式的操作の段階への移行を急ぎ過ぎることにもなるのです。数値計算の速度は速いに越したことはありませんが、将来、物理化学の世界などに進もうとする場合にはそれだけでは通用しません。数値と単位(類概念)との深い結び付を根本的に理解していなければ物理化学の諸理論を理解することなど不可能だからです。物理化学の世界では、特殊な単位群を用いて記述された高度な理論やその概念を理解するだけでなく、斬新な理論や概念を展開していくために、諸々の単位を組み合わせ新たな単位を創出する必要に迫られることも少なくありません。科学の世界では記号言語によって基本概念の厳密な定義を記述設定することや、複数の異質な理論・概念の連結操作が不可欠となってきます。まさに、言語の一種にほかならない記号言語の高度な活用が問われるわけで、その中核に位置するのが多様な類概念間の相互結合様態を記述したり操作したりする単位の概念なのです。天才物理学者アインシュタインは数値計算が不得意だったと伝えられていますが、その真偽のほどはともかくとしても、単に高い数値計算技術を持つのみでは科学の世界では通用しないことをその逸話は暗示してもいるのでしょう。

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