時流遡航

《時流遡航》昨今の政治情勢に思うこと(2017,10,15)

(常在戦場を謳う政界の奥に見えるもの)
衆議院選挙を前に与野党や新党が権謀術数の限りを尽くして激しい戦いを演じている。「機を見るに敏なり」の故事通りに立ち振舞ったつもりの安倍政権に対し、野党も新党もなりふり構わず合従連衡を繰り返し、急遽逆襲に転じつつもある。「希望の党」が「毀望の党」に変貌・堕落もしかねないその騒動の行方はともかく、政治の世界とは元来そういうものなのだろう。この時とばかりに、諸メディアも独自の立場の色濃く滲む論調を掲げて総選挙関連の報道に力を入れ始めたようだ。その所為か、各社の報道姿勢は何れかの政治勢力に偏っているように見える。ただ、政治絡みの報道姿勢というものは、むしろそのほうがより自然で好ましいのではないかと思う。様々な報道を通じて異なる立場の主義主張がなされ、理想論、現実論、悲観論などの諸論理が激しくぶつかり渦巻く中から実践的な政治指針や政策が生み出されていくべきなのだ。特定メディアの報道に対し絶対中立を求めるなどおよそナンセンスなことである。たとえどんなに有意義な意見であろうとも、真摯にそれを主張するという行為は、詰まるところ中立な立場を捨てることにほかならないからだ。
 この歳になると、妙に醒めきった思いのほうが先行し、国内や諸国家絡みの政治騒動に関しても、良く言えば冷静な、悪く言えば傍観主義的な見方をしがちになる。山尾志桜里前議員が不倫問題で激しい批判に晒され、民主党を離党したことは記憶に新しい。過日、私は、秘書への暴言問題で自民党を離党した豊田真由子前議員が、スニーカーに白の質素な普段着姿で一人北朝霞駅前に立ち、マイクも持たずに通行人にひたすら頭を下げお詫びの言葉を漏らす様子を偶然目にした。膝を折ってベビーカーに乗る幼児に優しく語り掛け、老人や若者らの求めに快く応じて一緒に写真に収まったりするその姿には、選挙目当ての演出とは思われない真摯さも感じられた。暴言を吐く姿も、報道からは想像もつかないその日の謙虚な姿もこの人の具え持つ側面なのだろう。人間とはつくづく厄介なものである。
 多くの政治家やマスコミ人、さらには我われ一般人を含めて、人間というものは、特定人物の個人的素行をとことん咎めることができるほど清廉潔白な存在なのだろうか。今をときめく女性政治家を含めて、過去多くの大物政治家やマスコミ人が不倫や不義にまみれ、しかもそれらを巧みに利用さえしてきたことは知る人ぞ知る事実である。タイムリーなゴシップ性に欠けていたり、諸々の政治的配慮や業務上の思惑が働いたりし、報道されずにきただけのことなのだ。
 政治家には清濁合わせ呑む度量が求められる。政治的判断やそれに基づく政策はどんなに立派で正当に見えたとしても、それによって不利益を被る人々が必ず現れる。それを承知で自らの採るべき立場を選択し、批判や不満も沸き起こるだろうことを覚悟のうえで政策遂行に踏み切るのが政治家の負うべき宿命なのだ。それゆえにまた、内に抱える精神的なストレスも並大抵のものではないだろう。そんな政治家が特殊な個人的人間関係を含めた様々なストレス解消法に走るのはある程度やむを得ないことだろう。
不当な国税の使い込みや権力乱用による法外な利益の誘導などは叱責されて当然だが、自己責任の範疇内での私的行為は大目に見てやるべきだろう。もともと政治家は聖人君子などではないし、一般国民も過ち多き存在なのだから、そこは冷静な判断と寛容さが求められよう。その人物の度量や覚悟と決意のほど、さらには発言能力や政策企画能力の高さで政治家の資質は判断されるべきである。真にその自信と自覚があるのなら、山尾議員らには、深く自省をしたうえで今般の不祥事を乗り越え再起を期してもらいたい。どう考えてみても首相やその取り巻きの人物らの不当行為のほうが、ずっと姑息で罪深いと言わざるを得ないからだ。
(ミサイル騒動をも選挙に利用)
 北朝鮮の中・長距離ミサイル発射実験や核兵器開発問題も今国際間で物議を醸し出している。傲慢不遜な金正恩傘下の政治体制には度し難いものがあるが、一連の北朝鮮問題には冷静に対応する必要もあろう。ひたすら国民の危機感を煽り立て、軽挙妄動に走りかねないほどに憎悪の念を植え付け、それを選挙に利用して政権維持を図ろうという思惑が見え透いているからだ。過日のJアラート騒動についても理性的に一考してみる必要がある。北朝鮮もそこまで愚かではないようで、日本上空を通過するような長距離ミサイル発射実験を行う場合でも、領空侵犯にはならない配慮はしているようだ。本土上空を極力避けるようなコースを選んでいる節もある。むろん、爆弾の類は搭載していない。このミサイルが何かのミスで日本の領土に落下する確率やそれに伴う被害状況を、米軍機や自衛隊機、民間航空機などが事故により国内のどこかに墜落した場合のそれと比較すると、後者のほうが大きいくらいなのである。だからと言って、諸々の航空機が日本の上空を飛行中、多数の都道府県に及ぶ広範囲にわたってJアラートを鳴らし、鉄道や地下鉄を止めたり、多くの学校の生徒や地域住民らに避難態勢を取らせたりするだろうか。そう考えてみると、先般のJアラート騒動には政治的思惑が隠されていたと推測せざるをえない。
 では、核弾頭搭載のミサイルが日本各地を襲った場合はどうなるだろう。当然その標的は首都東京や各地の米軍基地、原子炉密集地などになるはずだ。最新の防御システムをもってしても完全防御は不可能だから、発射後わずか数分で複数のミサイルが各地に到達する。Jアラートなど何の役にも立たず、被災地域での大量死は不可避となる。核シェルター建設を促す呑気な政治家もあるようだが、喜ぶのは建設業者だけだろう。大都市の場合、そんなものを造ったとしても助かるのはごく少数者だけである。そこまで行き着く間にほとんどの者は死傷してしまうし、そもそも周辺の全住民を収容できるシェルターなど建設できるわけがない。先の大戦中のB29による爆撃などとはわけが違うのだ。もちろん、韓国の被る惨状は日本以上のものになるだろうし、北朝鮮は米軍の核攻撃によって壊滅状態に陥ることだろう。韓国や北朝鮮の原子力・核関係施設の破壊に伴う放射能汚染も深刻だ。
 北朝鮮問題に対して欧州各国や中ロ韓の首脳は将来を見据えて冷静な大人の対応をするよう求めているが、トランプ大統領とそのお傍用人まがいの安倍首相とは感情的に北朝鮮を煽る子どもじみた発言ばかりをしている。首相のそれが総選挙を睨んでの発言であるとすればもってのほかであり、我われ国民はこの際沈着に振舞い、理性的な対応をする必要がある。日米であれ北朝鮮であれ、一時的な感情論に動かされ愚行に走れば、悲劇的結末は目に見えている。何十年先を睨んで行動すれば悪夢の到来は回避できる。不法極まりない北朝鮮といえども、現段階では日米に対し文字通りの破壊行為を実践はしていない。我われは透徹した目で北朝鮮問題の本質を捉え、間近に迫った総選挙に臨むべきである。

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