時流遡航

《時流遡航297》日々諸事遊考 (57)(2023,03,01)

(専門教育や学術研究問題に思うこと――⑥)
 国際的な観点からすると、近年、日本の大学の全般的な研究レベルが著しく低下してきたのは事実である。そのような状況を危惧したうえでのことだろうが、最近、「国際卓越研究大学」の指定を受ける一部の大学対し、多額の研究資金の集中的な投入をはかる学術政策が立案され、程なくそれが実施される運びとなった。国立大学の東京工業大学と東京医科歯科大学とが一体化し、東京科学大学として新たなスタートを目指すようになったのも、そのような政策の実践を睨んでのことにほかならない。現在の国の財政力からしてみてもやむを得ない一面もありはするが、特別なその政策の対象校に選ばれるのは、東京大学や京都大学をはじめとするごく一部の大学のみに限られることになりそうだ。
 そんな新たな学術政策の実施を前にして、教育の平等性の観点からすると問題も多いとの声が諸方面からあがるのも、ある意味当然のことではあろう。だが、四年制大学だけでも850校ほどが乱立した結果、全体的な研究・教育水準が下落し、大学の教育者や学術研究者そのものの社会的存在意義が薄れるようになった現状からすると、ここで何かしらの打開策を講じおくのはやむを得ないことである。教育の平等性が強調かつ徹底化されることにより今後も大学が増え続け、遂には誰にとっても大学進学が当然となるような時代が到来したとしても、それは決して喜ばしいことなどではない。その先に浮かび上がるのは、名ばかりの大学制度に蝕まれた、見るも無残な学術界の姿であるに相違ないからだ。平等という平均化の概念は。その適用を誤ると社会の凡庸化を促進してしまう。
 厳しい国際競争の直中にあって、日本の国力の再生とその維持を図るつもりなら、確固たる長期的展望に立ったうえで、基礎学術研究分野の発展促進を優先していくしかない。応用科学研究を優先すべきだとの声もあろうが、元々は基礎科学あってこその応用科学だからである。文科省関係者をはじめとする学術行政の責任者らは、この際そのことをしっかりと再認識しておくべきだが、一般国民もその問題に無関心であってはならない。
望ましいことばかりでなく、それなりに負の側面も伴う国際卓越研究大学指定制度だが、事ここに至っては、大局的な立場から肯定的にその政索を受け止め、皆でそれを支え合っていくしかないだろう。またその一方で、国際卓越研究大学指定を受けた大学組織に所属する研究者らには、高い理念と情熱をもって研究促進と人材育成とに尽力してもらいたい。日本学術会議などに対する不当な政治的圧力があるような場合には、一般国民とも互に連携し合い、高い理念と誇りをもって毅然とした対応を取るように心掛けるべきである
 高い学術研究力とそれに基づく諸成果を国の支柱とすることにより、国際的な地位と信頼を獲得しようと望むなら、少なくとも20~30年スパンの長期的展望に立脚した戦略が不可欠となってくる。この国の学術行政に特有な、数年そこらの短絡的な観点に立つ当面の実益重視の政策では、その種の目的実現は所詮無理な話なのだ。「急がば回れ」という古来の諺の意味する通り、学術的業績や学術研究能力を国際間での地位確保の基盤にしたいというのなら、国として数十年先を見据えた冷静沈着な対応が不可欠となるだろう。
 歴史上、学術研究で先駆的役割を担ってきた欧米先進諸国では、常々、長期的な展望に立つ学術政策が堅持されてきた。なかでも基礎学術研究に対しては国家、民間双方ともに多額な資金を提供し、厳しい社会状況下にあっても優先的にその発展を支えてきた。それは、人類にとっての学問分野の重要性を脈々と伝承してきた国ならではのことだろう。しかもその学術政策の対象は自国民のみに限られるのではなく、真に優れた能力を持つ若い人材を、教育水準や人種の違いの枠を越えて広く海外から迎え入れ、彼らを育てることによって世界の文化発展に大きく貢献してもきた。日本出身の著名な研究者らが欧米先進諸国に多々存在しているのを見れば、それは一目瞭然のことである。またその事実からは、学問研究分野におけるそれらの国の伝統の深さが読み取れる。ごく最近、沖縄科学技術大学院大学のような例外が現れはしたにしろ、海外からの留学生を世界に冠たる研究者にまで育て上げる気概など殆どない日本学術界の現状とは、その点でも大きな違いがあるだろう。
 過去の一時期、経済的繁栄ぶりを世界に誇った日本であるが、財政面で余力のあったその時点においてさえも、学術研究界に対し長期的展望に立つ配慮がなされることなどはなかった。残念なことではあるが、そこには真の意味での伝統的学術思想の欠如、より分かり易く言えば、目先の実利を追うことだけに捉われ、過去、現在、未来の時空を繋ぐ学問体系に対する深い配慮が決定的に欠落していた。かつて哲学の重要性を説いた一部の先哲らの主張などとっくに忘れ去られ、哲学など文科系のなかでも偏屈な人物らの好む学問に過ぎないと見なされるようになった我が国の実態などは、そのことと無縁ではないだろう。大学の一般教養講座などで哲学の講義が激減したばかりか、一般教養課程そのものが姿を消していったのも、この国の学術界に対する認識の浅さを象徴していると言えよう。
(戦略的な学術政策を試みた国)
 中国には清華大学という基礎科学研究では同国最高の大学があり、習近平の出身校としても名高い。欧米列強国や日本が諸々の利権をめぐってかつての清国に侵攻し、やがて同国は滅びて新たに中華民国が誕生した。その一連の過程にあって列強諸国は清から多額の賠償金を収奪したのだが、そんな状況下にあって米国だけはその賠償金を返還し、それを基金に将来欧米の大学にも匹敵するような学術研究の場を創設するよう促した。その結果誕生したのが、旧国家である「清」と新国家の中華民国の「華」の2文字を繋ぎ冠した「清華大学」なのだという。米中対立が喧伝される今日にあってはいささか信じ難くも思われる話なのだが、当時の米国の学問の世界に対する見識の高さを物語るエピソードではあるだろう。
 学術研究従事者らを厳しく弾圧した文化大革命が幕を閉じ80年代に入った中国は、四半世紀後以降の国力台頭を睨んで学術政策の一大転換を試みた。清華大学、北京大学など一部の大学に、出自の如何を問わず真に能力の高い学生を全国から集結し、国費を集中投資して徹底教育を施した。そしてそのほとんどを卒業後直ちに米国や欧州のトップクラスの大学・大学院へと送り込んだ。海外で彼らが活躍し、学術研究の一大ネットワークを構築できればそれが自然に中国の国力に繋がるから、帰国などしなくてもよいという大胆な政策をとったのだ。中国の未来を背負った彼らは期待通り世界中で活躍し、その一部は母国に戻って自国の学術研究発展に尽力し、それを通し国家の発展に貢献した。何かと問題も多い中国なのだが、学術研究の分野において今や同国が世界の最先端を走っていることは間違いない。中国が国際的な頭脳循環をリードしているのはそんな背景あってのことなのだ。

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