初期マセマティック放浪記より

122.たまには下手な詩でも

《蜘蛛と蝶》



たぶんあなたも
気がついてはいなかったのでしょう
吐く息のように自然にあなたの口からこぼれ落ちた
さりげないあの言葉が
鋭く凍りついていたことには
切れてしまいました
あまりにも呆気なく
営々として紡ぎあげた
この世でいちばん丈夫な筈のあの糸が
哀しみの弾け散る音をたてて
恨めしそうに切れ落ちる
そのせめてものいとまさえ許されることのないままに

蜘蛛が無心に銀の糸をめぐらしているところです
妖しげなその振舞いも
蜘蛛にすれは明日を生きるためなのです
獲物がそれにかかるのは天の摂理にほかなりません
そんな蜘蛛は悪者ですか
銀の網に近寄る蝶は
いつでも無垢な犠牲者ですか

切れた糸が夜風に舞います
虚しさと寄る辺のなさは
たぶん自由の代償です
また紡ぎますか
絶対に切れないとかいう糸を
また戻りますか
蜘蛛と蝶とのおそろしく不自由な戯れに
時と舞台と役者とをすこしばかり替えながら

《 灯  火 》
(旅立つ若き二人のために)

誰も知らない
遠い遠いところから
時の翼に育まれて
君達はやってきた
小さな灯火を守りながら
君達はそれぞれに旅してきた
そして出逢いやがて誓った
遠くへと続くというこのたまゆらを
二つの光で照らすことを
誰もまだ還ってきたことのないという
この不思議な道をさす
道標にうながされて
寄り添い歩んでいくために

やがて陽は沈み
星闇が行く手を包むだろう
夜露に衣が濡れるだろう
眼から時間が流れるときは
夢が切なく喘ぐときは
君達二人で灯しきた
光を高くかかげたまえ
生きるという営みは
深まる闇のあちこちで
凍る夜風に搖れながら
息づきともる灯火が
光の糸で紡ぎ合う
小さな小さな詩だから
小さな小さな虹だから

《言葉の運命》

言葉と言葉は
つながろうと妖しく撼える
ふたつの言葉は
つながろうとして足掻き
足掻きのなかから詩が生まれる
つながろうとするまさにそのとき
幻想は輝く歓喜の実在に化ける
詩は七色のエロスを放つ

ああしかし
つながった言葉の悲しさ
つながろうとした激しい力は
行き場を失って斥力に変わる
物理学の法則の通り
エネルギーは保存される
実在を幻想にいま一度戻す力として
言葉と言葉の結び目に
懐疑と淋しさの空間を生みながら

ひとたびつながった言葉は
そのまま危うくつながっているにしろ
またバラバラになるにしろ
離れてまたつながっていくにしろ
孤独と懐疑の地獄のなかを
漂っていくしかない
かつて見せた虹色の光の
末路としてはあまりにも哀しい
鬼火のように蒼く暗く
石のように重たい光を放ちながら
先の見え透いた自己反復(トートロジイ)の詩を
涙の化石で後生大事につづりながら

醒めた詩人らは
そんな言葉の離接の歴史を
親和力の悲劇と呼ぶという
呻きながら・・・・

《 日 足 》



私は歩いた 歩き続けた
そして・・・・
もう陽は沈みかけている
生涯にただ一度だけ昇り
ただ一度だけ沈むという日輪が・・・

猫が恋をしている
猫の太陽はどんな進みかたをするのだろう
隣の犬がしきりに自由を欲しがっている
太陽の歩みがのろいと
かれこれ十年も叫んでいる

恋に狂ったような気がする
自由を夢見たような気もする
なんにもしなかったような気もする
そんなものだという気もする

遠い星から眺めたら
この世の愚かな旅路など
どうせ小さな光の点
生と死のはざまなど
星の涙のひと雫

あなたはいつから哲学者になったの?
意地悪な声がして
積木の家をバラバラにする
たかが遊びにすぎないだって?
陽が沈んでしまったら二度と積木はできないんだぞ!

西の空の太陽が
急に動きをゆるめている
茜色は寂しいけれど
工夫次第ではまだ遊べぬこともない
ひとりぼっちの隠れんぼより
競歩のほうが大事だと
嘘をついたのはどこのどいつだ・・・
2001年2月28日

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