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41. 放射光科学研究のメッカSPring-8の実力:物質科学から生命科学まで

電子シンクロトロン(電子加速器)内を加速されながら運動する高エネルギー自由電子は、強力な磁場でその軌道を曲げられると軌道曲線の接線方向に強い光(シンクロトロン放射という)を放出する。高輝度で均一かつ強い指向性をもつこの白色光は「放射光」と呼ばれ、近年、多領域にわたる先端科学研究に大きな貢献をするようになってきた。なかでも、一九九七年、兵庫県佐用町に建設された大型放射光施設、通称「SPring-8(Super Photon ring-8GeV)」は、世界最高の能力を誇る八ギガ電子ボルト(八十億電子ボルト)の放射光用電子シンクロトロンを備え持つ。超高周波の放射光を扱う研究システムはミクロンレベルの微震動にも大きな影響を受ける。佐用町がSPring-8の建設地に選ばれたのは、諸々の震動に耐え得る強固で安定した巨大岩盤が同地一帯に広がっているからである。

世界最高の輝度を持つ放射光

SPring-8では、電子銃で発生させた電子ビームを全長百四十メートルの線型加速器によって一ギガ電子ボルトまで加速し、そのあと一周四百メートルのシンクロトロンに導入、多数の電磁石によって構成されている長円軌道を周回させながら八ギガ電子ボルトにまで加速する。加速された電子ビームは、さらに一周一・四キロメートルもある巨大な蓄積リング(シンクロトロンの一種)に導入され、八ギガ電子ボルトのエネルギーを維持しながら円型リング内を周回する状態で蓄積・貯蔵される。加速された電子のエネルギーロスを極力防ぐため、蓄積リング内は一億分の一パスカルという超低圧(人工衛星の飛ぶ宇宙空間と同程度のほぼ完全な真空状態)に保たれている。また、放射光の発生や極微量の残留ガス分子との衝突、電子同士の衝突などによって失われる電子エネルギー分を四箇所に設置してある高周波加速装置で補充し、常に蓄積リング内の電子流を一定に制御することにより、放射光発光用の機器に安定した電子ビームを供給できるようになっている。

巨大な円環構造を持つ蓄積リングの周囲には、「ビームライン」と呼ばれる放射光の応用研究施設が、リングの接線方向に延び出すように設けられている。総計六十二ラインまで付設可能になっており、現在、最短五十メートルから最長一キロメートルまで計四十九本のビームラインが稼働中、五本が設計・計画中であり、近い将来、全てのビームラインが完成する予定である。蓄積リングを周回する電子ビームを偏向電磁石で曲げたり、アンジュレータ(電子ビームを強制的に蛇行させる装置)でうねらせたりしてやると、電子ビームの軌道の接線方向にのびるビームラインにそって放射光が発生する。SPring-8で得られる放射光は、波長百万分の一メートルの赤外線レベルから波長一兆分の一メートルの硬X線レベルまでに及ぶ。なかでも真空紫外線レベルから硬X線レベル領域の放射光は世界最高の輝度(明るさ)を誇っている。現在、物質科学から生命科学いたる諸々の研究に威力を発揮しているのは、可視光線より遥かに波長の短いこの領域の放射光である。太陽光や従来のX線発生装置などの発する光の一億倍もの高輝度をもつSPring-8の放射光の応用研究を進めるため、大学や民間企業もビームラインの運用に積極参画するようになってきた。

ナノ(十億分の一)メートルサイズの蛋白質の分子構造や、オングストローム(百億分の一メートル)サイズの水素原子の構造などを調べるには、それらのサイズと同程度かそれよりもずっと短い波長もち、きわめて輝度の高い光が必要となってくる。波長が長く輝度の劣る光線下での探査は、喩えるなら、薄明かりの中で、一センチメートル幅の目盛しか持たない定規を使って蟻の足先の毛の太さを測るようなものだからである。その点、波長が短く輝度が高い放射光は、超極微な世界の事象の解析には最適かつ不可欠なのである。

原子分子の構造や機能解明に威力

SPring-8を保有する理化学研究所の播磨研究所放射光科学研究センター主任研究員・高田昌樹博士は、金属原子を内包するフラーレン(炭素原子がサッカーボール状に結合した分子)や、酸素を吸着した多孔性配位高分子(金属イオンと有機分子から化学合成した新素材)の三次元構造を世界で初めて解明、またマグネシウムに吸蔵された水素の状態を観察することにも成功した研究者だ。ネイチャー誌を飾るそれら一連の業績を上げたその高田博士傘下の研究チームは、現在、パナソニックなどと提携しDVD-RAMのメカニズムズ解明を進めている。未使用DVD-RAM表面のメモリ用薄膜層には複数種類の金属原子の結合した結晶が規則的に並んでいる。これにレーザー光を照射すると照射された部分が瞬時に液化し、直後に室温で冷却されてそこだけアモルファス構造(原子の結合が歪み不規則な配列になって固まった状態)に変化する。それに読み取り用の光を当てると結晶部分とアモルファス部分の反射率が異なるから、結晶部分に0を、アモルファス部分に1を対応させると、デジタル情報の記録とその再現が可能になる。旧データを消去し新データを書き込み可能にするには再度レーザー光を照射し結晶に戻せばよい。これがDVD-RAMの原理なのだが、元の結晶やアモルファス相の構造も未解明であり、レーザーを照射するとどんなプロセスを経て結晶構造とアモルファス構造間の相変化や逆相変化が起こるのかも、また一ナノ(十億分の一)秒もの高速でそのような相変化が起こるのかも謎であった。

高田博士らは一億分の二秒間隔で点滅する高輝度X線を結晶とアモルファスの双方に照射し、その回折光のデータを収集、数理的な解析とシミュレーション処理を行うことによって、結晶とアモルファス相の三次元構造解明に成功した。その結果、結晶とアモルファス相双方の構造に高い類似性があることが短時間に相変化が起こる原因であると判明し、新たな高速・大容量の相変化光ディスク材料開発への道が開かれた。現在は相変化の反応過程における電子の動きを約百億分の二秒間隔で点滅するミクロンサイズのX線で追いかけているが、その完全解明には、金属原子間の電子のやりとりをピコ(一兆分の一)秒単位よりも短いパルス光で解析することが必要であり、それを実現するためにも、二年後の稼働を目指し急ピッチで建設中のX線自由電子レーザー(XFEL)の完成が待ち望まれる。

XFELとは、可視光線のレーザー光同様に綺麗に波長の揃った強力なX線のことで、現SPring-8の放射光の十億倍もの輝度をもち、フェムト秒(千兆分の一秒、光が〇・〇〇三ミリメートル進む時間)単位のパルス光であるというのがその特徴だ。XFELを用いると原子・分子のようなナノ構造体の三次元像や、それらが機能し変化する様子などを直接観測できるようになるため、物質科学も生命科学も飛躍的に進歩することになるだろう。

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