技術立国日本の星「きぼう」
地球温暖化への対応や地震をはじめとする自然災害予知、さらには自然環境汚染対策などへの国際的な関心の高まりから、地球物理学が大きな関心を集めるようになってきている。そのような社会的背景もあって、このところ発展著しい地球物理学ではあるが、当然新たな問題点や方法論的な限界なども浮上している。一口に言うと、地球物理学とは地球上で起こる様々な現象を物理学的な手法を用いて解明していく学問分野のことである。地質学、化学、生物学などとも不可分な研究領域であるから、最近では地球科学と呼ばれることも多い。地球物理学は、測地学、地震学、火山学、気象学、海洋物理学、地球電磁気学、惑星科学などに大別される。ただ、地球は常時変動を続けるきわめて複雑かつ巨大な複合システムであるから、それら個々の学問は地球の諸現象解明のためのおおまかなアプローチの便宜的側面を示すものにすぎない。実際にはそれぞれの研究領域に明確な境界が存在しているわけではなく、むしろ、それら諸々のアプローチの成果を結集することによって、地球物理学の最先端研究は進められていると考えたほうがよい。
温暖化のメカニズムは複雑
地球物理学の主要テーマのひとつは、ほかならぬ地球温暖化や各種異常気象の原因究明である。二酸化炭素を主とする温室効果ガスの増大がそれらの元凶だとされているが、そう即断できるほど単純な話ではない。海中には大気中に存在する量の六〇倍もの二酸化炭素が蓄積されており、海洋は人間が排出する二酸化炭素の三〇%から五〇%を吸収しているという最新研究データもある。海洋の二酸化炭素吸収能力の変動によって地球温暖化予測は大きく変る可能性があるが、そのメカニズムの研究調査はこれからだ。気候の寒暖を左右する太陽の日射量は、地球の公転軌道や公転周期、自転周期、自転軸の傾斜角などのわずかな違いで大きく変わる。ほんの一万年前は氷河期であったが、その原因は太陽の日射量の変化、すなわち、地球の回転運動の様態変化にあったのだ。近年は衛星などによる宇宙測地技術の進歩により地球の回転運動の微細な変化などが実測できるようになってきている。その結果、月の運動の影響による地球の自転速度の変化、惑星間の重力摂動による公転速度や自転軸の傾きの周期的な変化、大気の複雑な運動、地球内部コアの変動、潮汐力などが想像以上に地球の回転運動に影響していることもわかってきている。
太陽熱によって惹起される大気循環や海洋循環のメカニズムの解明も気候変動の原因究明には不可欠だが、そのためには地球規模の大循環から微細な局部的循環にいたるまでの複雑な相関性を明らかにする必要がある。大気循環と海洋循環には密接な関係があるため、衛星搭載の大気観測装置や地表温度分析装置、海面高度計などによる観測データ、さらには海洋地球研究船「みらい」の探査や海洋観測ブイによる諸データをJAMSTEC(海洋研究開発機構)のスーパーコンピューター・「地球シミュレータ」で総合的に解析中だ。JAMSTECが東大気候システム研究センターや国立環境研究所と共同開発した世界最高解像度の大気・海洋・陸面結合モデルを発展させた「地球温暖化予測研究プログラム」などもその成果のひとつである。そのほかに、水平メッシュサイズ五キロメートル以下で対流雲の動きをシミュレートする「全球雲解像大気モデル」、水平メッシュサイズ十キロメートル以下で世界の主要海流のほか直径数百キロの中規模渦流のデータも取り込み、地球全体の海洋循環を千年以上の長期にわたって予測できる世界初の野心的な海洋モデルなども開発中である。
ただ、現実には海洋循環のメカニズムの解明でさえも容易でない。海洋循環は海上を吹く風力が成因の「風成循環」と海水密度の差異に因する「熱塩循環」に分けられる。平均して水深数百メートルにしかその影響が及ばない風成循環の解析は地球シミュレータなどによりある程度まで成功しているが、黒潮に代表されるような風成循環の流路変動の力学的メカニズム等は未解明である。いっぽう深海にまで及ぶ熱塩循環は海洋全体に膨大な量の水や熱エネルギー、各種化学物質を輸送するシステムなので、この循環の実態を把握することは地球温暖化やエルニーニョ現象をはじめとする異常な気候変動を理解する鍵となる。だが、この熱塩循環の深層流は数千メートルもの深海にも到達するうえに微弱かつ微速であるため直接観測が困難だ。しかもそのメカニズムを解明するには密度と水温の異なる多様な海水層間に働く重力や浮力の作用を算入しなければならないが、現在のシステムではパラメータのわずかな差異で結果が大きく異なってしまう。全地球的な熱塩循環モデルを構築し的確な予測シミュレーションをおこなうためには、現在の最新鋭スーパーコンピューターの千倍以上の演算速度とメモリーが必要だとされる。また、意外なことだが、人間の排出した対流圏中のエアロゾルが雲量やその反射率を増大させ、太陽の放射熱を反射して地球温暖化を抑制していることもわかってきた。温室効果ガスの増加が温暖化や各種異常気象の一因であることは確かだとしても、背後に政治経済的な思惑さえも垣間見えるそれらの問題の真の解明、ならびに有効な対処法の模索はなお前途多難だと思われる。
正確な地震予知は究極の難題
地球物理学のいまひとつの主要テーマは地震予知である。だが、「何月何日の何時何分にどこでどの規模の地震が起こる」といった地震予知はまず不可能だ。地震は地下岩盤層の破壊によって起こるが、そもそも破壊とは偶然に左右される現象なのである。地層のひずみを弓の弦に例えると、「弦がどれくらい張っているか」を推測することや「あとどれほど力が加われば弦が切れるか」を予測することならある程度可能である。しかし、「張り詰めた弦がいつどの部分で切れるか」を予測するのは実際の弦の場合でも不可能だ。地震学者が自認する地震予知概念はこのレベルのものである。動物の異常行動や地震雲などの宏観異常現象を地震予知に繋げる研究もあるが、その妥当性やメカニズムは科学的に論じられる段階にはなく、「占いと同レベル」というのが多くの専門家の見解だ。予算の獲得手段としてマスコミを利用しセンセーショナルな予測を流す学者もあるが、現時点の地震予知は、衛星もレーダーもなく経験と勘のみを頼りにした一昔前の台風予測にも類似している。
もちろん、地震や火山活動のメカニズムを解明する研究は着実に進んでいる。世界各地の観測システムや地球深部探査船「ちきゅう」などで集めたデータの高精度化、解析手法の進展、さらにはMRSで人体内部を映像化するように地震波で地球内部を映像化できるトモグラフィの発達により、地球内部の三次元的な不均質構造を推定できるようになった。ただ、地球物理学が扱う地球変動の歴史過程は生物進化の過程同様に再現不可能で、そこが他の物理化学と相違する点である。衛星による宇宙測地技術の進歩によりプレート・テクトニクスとして知られる地表部の十数枚のプレート運動が実測可能になりはしたが、その原動力も、地球だけに存在するその地殻運動の起源もなお不明のままである。またプレートが収束する場所で山脈や海溝が形成されることは現象上明らかにはなったが、プレートの収束場所でそのような形成作用が起こる具体的な物理化学的プロセスは依然不明のままである。プレート運動と深く関わるマントル層は固体の岩石層にもかかわらず対流を起こす。この対流は地磁気を生み出す地球コアの液体部の熱対流とも関係すると考えられるが、鉄からなる固体のコア内核の機能やその生成過程、地磁気発生のメカニズム、磁極の逆転現象の原因や頻度など、コア・ダイナミクスの研究には未解決の問題が山積している。