執筆活動の一部

32. 軍事転用される「電磁波」の恐怖

知られざる電磁波の影響

我々の周辺には自然のもの人工のものを問わず、様々な電磁波が飛び交っている。携帯電話の爆発的な普及に伴い、電磁波の及ぼす人体への悪影響なども一部で指摘されたりしているが、そのような事実を示す科学的検証結果はこれまでほとんど公表されていない。
だが、高周波や低周波の電磁波が自然環境や人間社会に及ぼす影響について研究がまったくなされてこなかったわけではない。それどころか、軍事目的面における電磁波研究は、我々が想像する以上の規模をもって秘密裏に進められてきたのである。一九六八年のニューヨークタイムズ紙に掲載されたカリフォルニア大学バークレー校デビッド・クレッチ博士の「環境的あるいは物理・生物・化学的手法により人間の行動や知的機能に影響をもたらすような技術が開発されるのは時間の問題だろう。そして、そのような技術がいったん完成すると、実際にそれを用いてみたいという誘惑に駆られる人間が必ず現れることになるだろう」という予言は、もはや非現実的なものではなくなってきた。

エール大学の大脳生理学教授だったホセ・M・R・デルガド博士は、一九五〇年代初めから電磁波が諸動物の脳や生理機能全般に及ぼす研究を進め、一九六九年にそれまでの研究成果を「Psychological Control of the Mind : Toward a Psychocivilized Society」という著作にまとめて発表した。はからずも、その内容は生理学の世界に少なからぬ衝撃をもたらした。博士は周波数や波形を特別に制御した電磁波をワイヤレス方式によって動物に作用させ、その動物の脳機能をコントロールすることに成功したからだった。たとえば、博士は、電磁波を用い、人為的に実験対象の猿を催眠状態から興奮状態にまで誘導できることを立証してみせた。デルガド博士は地球の磁場の五十分の一という微弱な磁場や、検知自体が難しい極低周波を用いもした。その結果、そのような低出力・低周波の電磁波の照射によってさえも動物の脳に大きな影響をもたらしうることが判明したというのである。

当然人体にも適用可能と思われるその技術に注目したCIA研究開発局のゴッドリーブ博士はデルガド理論の詳細な検証をおこない、人体への応用技術開発を模索した。同じ時期、トゥレーン大学の神経外科医ロバート・G・ヒースもまた、人脳に対する電気的刺激が恐怖や快楽といった感情をもたらす幻覚症状を生み出す事実を発見している。米国の軍事技術の専門家らは、たとえば抗鬱剤として知られるリチウムのような化学物質をなんらかの方法で無害な量だけ人体に投与しておき、そのあと密かに特別な周波数の電磁波を遠隔照射してそれらの物質に物理化学的変化を起こさせ、脳機能や身体機能を狂わせるといった研究も進めてきた。軍事専門家が非殺傷兵器(Non Lethal Weapon)と呼ぶ心身機能阻害型電磁波兵器の開発について、ブッシュ政権の軍事顧問を務めたこともあるリチャード・トレフリー中将や、その種の兵器研究の先駆者であるジョン・アレキサンダーなどは、ウォール・ストリート・ジャーナル紙やミリタリー・レビュー誌において、国際法にも抵触する国家機密なので詳細は明かせないとしながらも、その事実を肯定するような発言をしている。彼らによれば、その種の軍事技術の実現が可能になったのはここ十年のことだという。

実はA・S・プレスマンをはじめとする旧ソ連の軍事研究者は、一九五〇年代から電磁波の人体に及ぼす影響について検証し、極低周波の微弱な電磁波でも人間の脳に障害を起こせることを把握していた。米国政府は機密事項だとして事実関係を公表していないが、一九六〇年代半ばから一九八三年頃にかけモスクワのアメリカ大使館に向けてマイクロ波ビームが照射され、そのためか、ニクソン大統領訪ソの際には一部随行員の感情が不安定になり異常行動を示すにいたったという話もある。当時既に旧ソ連ではLidaという極低周波発生装置が完成し、捕虜にした重要人物などを催眠状態やトランス状態に導き情報収集を行っていたようだ。この時以降アメリカでも電磁波が人体にもたらす異変を軍事的に利用する研究が加速されるようになった。検知の難しい極低出力・極低周波の電磁波研究は米国や旧ソ連以外の先進諸国においても進み、ドイツ科学アカデミーなども「特定の条件下においては極低周波は生体の細胞に特別な影響を及ぼす」との見解を発表している。

いっぽう、地球物理学的見地からしても人工的な電磁波のもつ作用は無視できない。高エネルギー・高周波の電磁波を電離層に投射すれば電離層のプラズマを加熱し活性化できる。そのことによってオーロラなどのような電離層の物理化学的現象の解明が可能になる反面、電離層が撹乱され各種通信網に多大の障害も生じうる。気圧や大気の受ける熱量のほか、電離層のイオンの状態にも影響されるという気象にも異変が起こる。また投射される高エネルギーの超高周波は電離層で反射され、極低周波の電磁波となって容易に地中の深部や深海に達し、さらには地球内部の地殻をも貫通する。この種の電磁波は深海の調査や地球内部の探査に活用できるばかりでなく、軍事的な面での利用価値が極めて高い。

謎を呼ぶアラスカの研究施設HAARP

電磁波の怖さが明らかになるのに呼応するように近年衆目を集めているのが、アラスカに完成したばかりの「高周波活性オーロラ調査プログラム(英語略称HAARP)」の研究施設だ。アラスカ大学と米国海空軍との共同研究施設という触れ込みだが、無数のアンテナが不気味に立ち並ぶその光景は異様である。米軍が深く関与しているうえ、その詳細が非公開だとあって、極秘の軍事施設ではないかという憶測を呼んでいる。米軍の公式文書では「大出力の高周波照射により電離層を加熱・活性化し、電離層の諸現象の制御実験を行うこと」がその目的だとされている。また、同文書は、「HAARPは電離層の基本的な性質を解明し、より高度な通信システムを構築するのに不可欠な純学術的プロジェクトで、電離層による極低周波の反射波を用いると、世界各地の断層をはじめとする地球内部の地殻構造、さらには、石油、ガス、各種鉱物資源などの物理探査が可能になる。将来的にも人類に貢献する地球物理学的プロジェクトだ」とも述べている。

だが、それにもかかわらず各方面から憶測を呼んでいるのは、米軍の裏資料に「HAARPの目的は国防計画遂行のため電離層を高度に活用することだ」との記載があったりするからだ。HAARPによる極低周波電離層反射波は地球上の局部域に絞った照射が可能だとされ、既に、深海を潜航する原潜との交信、仮想敵国の軍事用トンネルや地下兵器格納庫の所在確認、世界各地の鉱物資源の埋蔵や発掘状況の探査、諸軍事システムの探知などに用いられているという。また、高周波・高出力の電磁波を局所的に照射して電離層を撹乱ないしは破壊し、特定地域の通信を不可能にする技術も完成しているとも囁かれる。いざとなったら、各種人工衛星の制御機能や核弾頭ミサイルの誘導機能を麻痺させることもできるほか、電離層に異常をもたらし世界各地の気象にまで影響を及ぼしうるという見方もある。

いささかSFじみた話にはなるが、一部の専門家筋の間では、HAARPによる極低周波電離層反射波を特定国や特定地域に集中照射することにより、そこの国民や住民、軍事関係者らの間に、それに伴う深刻な事態もその原因も悟られぬまま、生理学的心身異常や知覚不全を惹き起しうるとも噂されている。もしそれが現実になるとすれば、直接相手を殺傷することなく戦闘不能や戦意喪失へと導く文字通りの「非殺傷兵器」の登場となる。

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