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36. 「水素生成技術」に曙光――太陽光の利用が最も現実的

化石燃料の価格急騰や温室効果ガスの地球環境への影響が問題となるなかで、水素エネルギーに対する期待は日増しに大きくなっている。また、それに呼応して燃料電池や水素の貯蔵・輸送技術の開発が進み、それらは既に実用レベルに到達している。だが、いまなお水素エネルギー社会実現のネックとなっているのが、ほかならぬ水素自体の生成技術開発の遅れである。自然界が無尽蔵に秘め持つ水素だが、そのままでも燃焼可能な純分子として存在しているわけではなく、他元素との化合物として存在している。それゆえ、燃料化するには、外部から何らかのエネルギーを与えて効率よくその化合物を分解し、純水素分子を生成してやらなければならない。しかもその場合、水素生成に要する外部エネルギーコストが生成される水素の生み出すエネルギー価に比べずっと低くなければならない。しかし、安価で効率的な水素生成技術の開発は一般に想像されている以上に難しい。

現在、水素生成に多用されているのは、安価な「水蒸気改質法」である。水蒸気改質法とは、化学触媒を充填した高温高圧の反応容器中で天然ガスやエタノール、工場での副成ガスなどを水蒸気と反応させる方法で、その反応過程で水素原子が分離し高純度の水素が生成される。ただ、この方法は化石燃料やバイオエタノールなどを使用するうえ二酸化炭素も排出されるから、エネルギー問題の解決には繋がらない。新日本製鉄ではコークス炉の副生ガスを特殊な水蒸気改質法で処理、純水素を大量かつ効率的に生成しており、同社の全製鉄所のコークス炉ガスを用いれば二五〇万台もの燃料電池車への継続的燃料供給が可能となるという。二酸化炭素の排出量を極力抑えたこの生成法は実用的だが、製鉄工程に付随する技術だけに、将来的に必要な水素の全量供給を期待するのは無理である。

太陽光と光触媒が鍵に

水を電気分解すれば水素が得られるが、その工程に要するエネルギー源を化石燃料や原子力に依存していたのでは採算がとれないし、環境問題の解決にもならない。そこで近年注目され始めたのが太陽光利用の水素生成技術である。太陽光による水素生成技術は、太陽光発電の電力を用いた水の電気分解と光触媒による水の直接的分解とに大別される。

最近、マサチューセッツ工科大学のダニエル・ノセラ教授らの研究チームが、太陽光発電の電力を用いて水を容易に電気分解できる特殊な触媒を開発し、その要旨を「サイエンス」誌七月号に発表した。水の電気分解では陽極で酸素が発生、続いて陰極で水素が生じるが、両極に必要なレアメタル触媒や特殊処理を要する酸素発生部分のコスト高の解消が長年の課題であった。だが、ノセラ教授らはコバルトと燐酸塩による安価で高機能な触媒開発に成功し、常温・常態下でも効率よく機能するこの触媒を用いた電気分解装置を太陽光発電パネルと組み合わせることにより、大量の水素を低コストで生成する目途を立てた。

太陽光発電パネルは既に高性能なものが開発されているが、発生した電力を効率よく蓄える大容量バッテリーの開発やその設置条件、ランニングコストには問題があった。だが、発生電力を効率よく水素に変え、小型で軽量な燃料電池に保存できるようになればエネルギーのロスが減少するうえ、太陽光のない夜間でも発電が可能となる。ノセラ教授らは十年以内にこのシステムを実用化し、送電線のない社会を実現しようと考えている。この新技術に対する研究者らの評価は高く、米政府も産業界もその支援に乗り出す構えのようだ。

同じく米国の化学者スチュアート・リクト教授の率いるチームも、太陽光の生み出す電気エネルギーと熱エネルギーを併用し、効率よく水素を生成する研究を進めている。このチームは、赤外線をも含めた太陽光の熱エネルギーによって水を加熱し摂氏六百度の水蒸気をつくり、それをアルカリ溶液に注入、太陽光発電による電気エネルギーを加え水素と酸素に分離する技術を開発した。リクト教授によると、その水素生成システムの能力は、現在、三十パーセントのエネルギー変換効率を誇るまでになっているという。ただ、この技術を商業化する準備は整っておらず、市場投入までにはなお時間を要するという。

新たな光触媒の登場も

人工光合成型光触媒による水の直接分解法は、実現すれば最もシンプルで効率的な水素生成法だと言われている。東京大学の堂免一成教授は三十年来その種の触媒研究を続けてきた。近年、堂免教授は、従来の触媒とは異なり紫外線も可視光線も吸収できる「窒化タンタル」や「タンタル・オキシ・ナイトライド」をはじめとする十数種の新光触媒の開発に成功、既存のものに比べ十倍もの水素生成能力をもつというその新触媒技術をネイチャー誌上に発表した。現在、産学官連携による「革新的環境・エネルギー触媒の開発」プロジェクトのリーダーを務める堂免教授は、「五年後には新開発の水分解光触媒の活性を七~八倍にまで高め、十年から十五年後くらいには実用プラントを構築したい。日本列島の面積に相当する太陽光水素製造システムが建設されれば、全世界のエネルギーを賄えるはずだ」と熱くその夢を語っている。

米英の企業がナノテクノロジーを用いて共同開発した「タンデム・セル」も注目に値する。酸化金属粒子層からなるこの二重構造の光触媒は、現在十パーセントほどのエネルギー変換効率をもつようになっており、実験プロジェクトを経て、現在、実用レベルのデモシステムが建設されているところである。

そのほかに、特殊な緑藻やバクテリア類を用いた水素生成法も研究されている。カリフォルニア大学の植物生理学者アナスタシオス・メリス教授らは「クラミドモナス」という単細胞緑藻変異株中のヒドロゲナーゼ酵素の光触媒機能を用い、初期段階の水素生成実験に成功した。太陽エネルギーの変換効率も十パーセントを超え、すでに企業化を進めている。また、中国科学院大連物理化学研究所も海水中の微生物や緑藻に太陽光を当て水素を大量生成する技術を開発中である。国内でも、京都大学の今中忠行元教授(生物工学)らが、トカラ列島小宝島の硫気孔で採取した好熱菌「サーモコッカス・コダカラエンシス」がデンプンなどの有機質を分解し活発に水素を出すことを発見、そのバクテリアを高温培養し、食品工場の排水や泥土などから効率よく水素を生成する基礎技術を開発した。高温培養のため雑菌が混入する心配もないという。さらに、地球環境産業技術機構とシャープとは、遺伝子組み換え技術で開発した大腸菌を利用、バイオマスを分解し効率よく水素を生成させる基礎実験に成功している。今後は水素の連続生産の可能性を模索していくという。

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