超伝導とはなにか
正の電荷をもつ原子核とそれを周回する負の電荷の電子からなる金属原子は、三次元状に規則正しく並んでいる。そして、そのような原子構成の金属中を自由電子群が特定方向に移り動くことによって電流が生じる。通常、原子核は一点に静止しているのではなく、ある位置を中心にして熱エネルギー運動、いわゆる励起状態を呈している。自由電子の移動の妨げとなる原子核の熱エネルギー運動が激しいと、自由電子はスムーズに金属中を進めなくなるため、電流は流れにくくなってしまう。したがって、金属の温度が上がり、原子核の熱運動量が増大するほど電気抵抗も大きくなる。逆にまた、温度が下がるほど原子核の熱運動は小さくなり電気抵抗も減少する。超伝導とは、極低温下において伝導体の原子核の熱エネルギー運動が停止し、電気抵抗がゼロになった状態のことをいう。もし電気抵抗がなくなると、伝導体を流れる電流は熱エネルギーとなって失われることがないため、そのような超伝導状態の導線の両端をつなぐと電流はそのリング内を半永久的に流れ続けることになる。また、超伝導体を用いた導線でコイルをつくり電流を流すと、きわめて強力な電磁石をつくることができる。さらに超伝導物質には、マイスナー効果といって、外部の磁石の発する磁力線を遮断し回避させる性質がある。
摂氏マイナス二六九度(絶対温度四度)の液体ヘリウムによる超伝導現象を発見し一九一三年にノーベル賞を受賞したカマリン・オンネスにはじまり、高温超伝導物質の発見による一九八七年のベドノルツとミューラーの受賞、超伝導現象の理論的解明による一九七二年のジョン・バーディンら三人の受賞、強力な超伝導磁石開発に貢献した基礎理論研究による二〇〇三年のピタリー・ギンツブルクら三人の物理学賞受賞、さらには液体ヘリウム冷却方式超伝導磁石応用MRI(磁気共鳴画像診断装置)開発に貢献したポール・ラウターバーら二人の同年の医学生理学賞受賞と、超伝導研究の分野ではノーベル賞受賞者が輩出している。だが、超伝導現象が実践的に活用されるにはなお多くの問題が残っている。
大革命をもたらす超伝導コンピュータ
超伝導というと真っ先に思い浮かぶのがリニアモーターカーの開発だ。液体ヘリウム冷却方式の超伝導磁石を搭載したリニアカーが地上に並べた浮上用コイルに近づくと、超伝導磁石により地上側コイル内に一時的に電流が誘起されて地上コイルも電磁石となる。そして双方の磁石間に働く反発力や吸引力によってリニアカーは空中浮上する。また、同様に地上に並置された推進用コイルに電流を通すとそのコイルは電磁石になる。この地上の電磁石と車輌の超伝導磁石との間に働く反発力や引力を巧みに用いてリニアカーは前進する。走行中の車体の軌道からのずれを修正するのも磁力である。ブレーキにはメインの電力回生ブレーキのほか、抵抗ブレーキ、コイル短絡ブレーキ、空力ブレーキなどが併用されている。なお、空中浮上するリニアカー側の電源としては、地上コイルの高調波磁界を利用して非接触で電力を取り入れる誘導集電装置やガスタービン発電機が用いられる。我が国のリニアモーターカー技術は既に完成の域にいたっており、三両編成の有人走行実験でも時速五八一キロを達成している。性能も上海の一部で実用化されているドイツ方式のシステムより優れているという。将来、減圧チューブ内を走行させるようになれば安全度もいっそう高まり、超音速ジェット機を凌ぐ速度の達成も夢ではない。ただ、中央新幹線構想に基づきリニアモーターカーで東京と大阪間を結び、巨大な文化経済交流圏の実現をはかるには、現時点の試算でも十兆円ほどの費用を要する。それほど高額な費用を投入するに値する事業かどうかの判断は難しく、事業計画決定までにはなお紆余曲折が予想される。将来的には、同一大陸の大都市間をつなぐ省エネかつ無公害な超高速基幹輸送網のようなグローバルなライフライン構築を睨む海外での事業展開とその戦略が必要となるだろう。
エネルギー問題にも医療にも福音が
高度化する情報社会では超高速で超省エネの素子開発が不可欠だが、従来の百倍もの処理速度をもち消費電力も千分の一ですむ超伝導素子がすでに試作され、現在その素子の集積度を高める研究が進められている。超伝導素子コンピュータが実現すれば、情報機器の増加に伴う電力不足も解消できる。またこの研究は、その延長上に超伝導現象の特性を利用した量子コンピュータ素子の開発を睨んでいる。量子コンピュータが実現すれば、現在最高速のコンピュータでも数兆年かかる演算を数十分で処理できる。
超伝導技術は環境保全や資源再利用、低密度エネルギーの集積などへの応用も期待されている。強力な磁気を活用した超伝導磁気分離技術や超伝導磁気分析技術を用いると、海洋や湖沼の各種汚染物質の分離除去、赤潮やアオコなどの浄化、都市排水処理、一般ゴミや産業廃棄物の分別やリサイクル、地下熱水鉱毒除去、資源探査、資源選別などを二次汚染を起こすことなく効率的におこなえる。また高温超伝導体薄膜は超高感度の大気汚染モニタリング技術や放射線モニタリング技術への応用も可能である。さらに、バイオマスエネルギー、海洋エネルギー、太陽エネルギー、風力エネルギーなどのような、化石燃料や核エネルギーに比べ低密度で分散性の高いエネルギーをロスが最小限ですむ超伝導技術によって蓄積し運用することも考えられる。地殻変動検知装置、MRI技術を応用した爆発物や麻薬類の高感度検知装置の実用化も進んでいる。最近、超伝導エレクトロニクスを研究する糸崎秀夫大阪大学教授のチームが、ラジオ波の反射電波に敏感な超伝導センサーを開発し、爆発物や麻薬の存在を高い精度で検知することに成功した。超伝導発電機や超伝導エネルギー貯蔵技術の研究開発も進んでいる。金属系超伝導素材を界磁巻線に用いた七万キロワット級超伝導発電試作機による実証研究はすでに終わり、きわめて発電効率の高い六〇万キロワット級超伝導発電機の開発が次のテーマになっている。送電ロスのすくない超伝導送電ケーブル開発のほか、大量のエネルギーを損失なく長期保存するためのフライホール電力貯蔵用超伝導軸受技術の開発なども急ピッチで進行中だ。それらの技術が完成すれば、諸々のエネルギー問題の多くはほぼ解消することだろう。
ライフサイエンス領域における超伝導技術開発も目覚ましい。NMR(核磁気共鳴分析)技術は強磁場超伝導磁石を利用した技術で、とくに超伝導NMRスペクトロメータは、日本が最重要研究課題として総力を挙げているゲノム解析や脳機能研究に欠かせないタンパク質の基本構造解明のための最新有力ツールとして期待されている。タンパク質の構造と機能の関係が明確になれば、人体の機能疾患の解明や治療薬の開発も進むことになる。また強力なMRIとNMRを相補的に用いることにより、癌や脳疾患の診断ばかりでなく、複雑な脳機能の解明、興奮促進アミノ酸や神経伝達物質の分析などが飛躍的に進むと予想される。脳はその活動に伴いきわめて微弱な磁場を形成しているが、その磁場を計測し脳機能の研究を深めるためには、超伝導磁束の量子化を利用した超伝導量子干渉計が必要となる。そして、それらの技術を実現するためにも、超伝導工学と医学、生物学、生化学の成果とを結集し、ライフサイエンス用の強磁場超伝導磁石や超伝導薄膜デバイス、さらには超伝導バルク体の開発することが当面の課題となっている。