技術立国日本の星「きぼう」
二十一世紀を迎え、宇宙開発競争もますます熾烈になってきた。我が国でもJAXA(宇宙航空研究開発機構)を中心に、近未来を睨んだ宇宙インフラ構築や各種宇宙開発プロジェクトが促進中である。科学研究の全領域にわたる最新知識や最先端技術を結集した宇宙開発は、副産物として膨大な民需技術を生み出すから、技術立国を標榜する日本は新時代の戦争ともいうべきこの開発競争で遅れをとるわけにはいかない。十六カ国の協力でプロジェクト進行中のISS(国際宇宙ステーション)建設において、日本はその中枢施設である有人実験棟「きぼう」の開発を担当した。すでに宇宙飛行士を乗せ地上四百キロの宇宙空間を九十分周期で周回中のISSは、二〇一〇年に完成予定で最終的にはサッカー場ほどの規模になるはずだが、実験棟「きぼう」は二〇〇八年に米国のロケットで打ち上げられ、そのISSにドッキングされることになっている。この有人実験棟は船内実験室と船外実験プラットフォームの両実験スペースからなっており、直径四・四メートル、長さ一一・二メートルの円筒状の船内実験室には、通常二名、最大四名までの研究者の長期滞在が可能である。
無重力ないしは微小重力環境下では比重や重量の違いが原因で物質が分離することはない。そのため異なる物質を均一に融合あるいは混合し、地上では生成不可能な特殊金属や有機素材を開発することができる。物質が空中に浮かぶため容器は不要なので、まったく容器の影響なしに生成物質の特性を精査することもできる。現在JAXAは「高品質タンパク結晶生成プロジェクト」を日本実験棟での最優先課題だと考えている。ヒトゲノムの解析は進んでいるが、その指令によって生み出される各種タンパク質の構造や機能の解明はこれからだ。そのためには単一の分子からなるタンパク質の結晶が必要で、その生成には微小重力空間が不可欠なのだ。タンパク質の厳密な構造や機能の解明が進めば、各種の病因の究明や諸々の医薬品の開発が可能になる。諸生物の宇宙環境への適応能力を研究し、将来の人類の宇宙進出に備えた宇宙医学の基礎知識を蓄積するのも狙いのひとつになっている。またISSからは地球表面の八五%を観測できるので、広範囲にわたる地表や海面、大気循環の様態などを同時に観察し、深刻化している自然環境問題への総合的な対応をはかることもできる。「きぼう」の船外実験プラットフォームは、宇宙探査活動用ロボット、通信システム、エネルギーシステムなどの技術研究用実験装置を直接宇宙空間にさらし、それらの耐久性や作動状況を調べるのに用いられる。
JAXAは現在H-ⅡA型ロケットをさらに大型化し一段と性能を高めたH-ⅡB型ロケットを開発中である。このロケットには、複数の人工衛星を同時に打ち上げコスト削減を図る目的のほか、ISSに生活必需物資、各種実験装置、研究用資材などを運ぶHTV(宇宙ステーション補給機)を先端部に装着し打ち上げる狙いがある。そのため並行してHTVの開発も進んでいる。HTVは無人の軌道間輸送機で、最大六トンの補給物資をISSに運び、帰りには使用済みの実験機器や衣類などを積み込み大気圏再突入時の高熱でそれらの不用品を焼却できるようになっている。直径四メートル、長さ十メートル弱の機体は、先端部の補給物資格納用「補給キャリア」、中央部の誘導制御系や電気通信処理系機器搭載の「電気モジュール」、そして最後部の軌道変換用メインエンジンや姿勢制御用装置などのある「推進モジュール」の三部分からなっている。H-ⅡBもHTVも近年中に打ち上げが予定されている。JAXAはまた毒性がなく高性能だが極小密度のため体積のかさばる液体水素使用の「水素推進系エンジン」に代わって、安価で小型軽量化の可能な世界初の液化天然ガス使用「LNG推進系エンジン」や両推進系併用の新エンジン開発を進めている。
我が国の人工衛星は花盛り
昨年末に打ち上げられた技術試験衛星「きく八号」は、六角形のパネルを蜂の巣状に並べ組み合わせたテニスコート一面分の大型展開アンテナ二基を備えている。重量三トンのこの静止技術衛星は、携帯電話レベルの端末で日本列島全域をカバーする衛星との直接通信を可能にし、移動体の通信能力を飛躍的に高める基礎技術開発を目的としている。それによってCDなみの高品質な音声・画像を各移動体の受像器や測位システムに伝送できるようにするほか、災害時や非常時の情報交換、緊急車両の運行支援、被災害者救援の迅速化などに役立てようというわけだ。二〇〇八年以降には日本独自の最先端技術を結集した特殊目的衛星が続々と打ち上げられる予定である。国家IT戦略本部はWINDS(超高速インターネット衛星)打ち上げによる世界最高水準の高度情報ネットワーク構築を狙っている。成功すれば一般家庭でもCSアンテナ程度の小型アンテナを設置するだけで毎秒一五五メガビットの受信と毎秒六メガビットの送信が可能となる。直径五メートルのアンテナを装備できる組織なら、毎秒一・二ギガビットの超高速双方向通信も可能である。高速インターネット網の未カバー地域がなくなるから、高度医療情報を僻地などにリアルタイムで提供する「遠隔医療」も実現し、国内遠距離間さらには国際間の研究者や教育関係者らの相互協力が促進される。アジア太平洋地域諸国の交流にこの衛星もたらす恩恵は大きい。
赤道上空にある従来の静止衛星とは異なる軌道に複数の衛星を投入し、それらのどれかが常に日本の天頂付近に位置するようにした準天頂衛星システムの計画も進んでいる。このシステムが実現すれば、国内のどんな地域でも常時ほぼ真上に衛星が存在するので、高山や高層ビルの存在に関係なく高精度の測位測地や移動体との高速通信が可能になる。全球降水観測衛星プロジェクトも興味深い。NASAと共同開発した熱帯降雨観測衛星がすでに運行中だが、この全球降水観測衛星では、その観測範囲を高緯度地域にまで広げ、全地球の降雨や降雪状況を短時間で正確に把握し、異常気象に伴う豪雨や旱魃などの予知、それらへの対応、さらには良好な地球の水環境の維持に役立てることを狙っている。また、温室効果ガス観測技術衛星は、超高感度センサーを搭載してこれまで不十分だった二酸化炭素やメタンの濃度分布を宇宙から正確に計測し、地球の温暖化対策の一環として国際間で進行中の「全球気候観測システム」構築の先駆的役割を担う。また宇宙ゴミの研究も見逃せない。過去数千回のロケットや衛星打ち上げにより、地球周辺宇宙には放置された数千トンもの大小の人工物が浮遊し危険な状態になってきている。それら宇宙ゴミの分布状況の探知や回収・除去技術の開発は不可欠で、JAXAはその研究にも着手している。
金星探査機、水星探査機、電波天文衛星、月面探査機なども今後順次打ち上げられることになっているが、そのために必要な自律型探査ロボットや衛星惑星面探査システムの開発、特殊な電波処理技術の研究などは日本がもっとも得意とする分野であり、現在世界の最先端を走っている。また、太陽光(光子)を利用し燃料なしで推進するソーラーセイル(太陽帆船)と太陽電池で起動するイオンエンジン併用の新型宇宙船開発を目指す「ソーラー電力セイル実証計画」も進行中である。太陽系の大航海時代に先駆ける外惑星探査法の実証がJAXAの当面の狙いで、ターゲットは木星とトロヤ群の小惑星である。衛星搭載の集光器で集めた太陽光を特殊セラミックスで近赤外線レーザー光に変換して地上に送り、硫化水素を分解して水素を生成する研究も実用化の段階に入っている。