執筆活動の一部

27. 次世代エネルギー源は熱核融合炉か常温核融合炉か

「核融合炉」の実現に向かって

一バレル八〇ドルを超える原油価格の高騰や温室効果ガスの排出規制強化などもあって、国際的にバイオマス、風力、太陽光などを利用した代替エネルギー開発が加速しているが、エネルギー問題解消にはなおほど遠い。そのため近年再び注目されはじめたのが「夢のエネルギー源」核融合炉の開発だ。
陽子一個と中性子一個からなる重水素同士を強制的に反応させると、陽子一個と中性子二個からなる三重水素(トリチウム)と陽子一個からなる通常の水素が生じる。さらに、得られた三重水素と重水素を融合させると陽子二個と中性子二個からなるヘリウムと一個の中性子に変貌する。この後者の原子核融合反応においては質量保存の法則が成り立たず極微量の質量欠損が生じるが、相対性理論にみるようにその欠損分の質量は熱エネルギーとなって放出される。核融合炉とはこの一連の反応を連続的に起こして高エネルギーを発生させ、それによって大規模発電や大量の水素生成をおこなうシステムのことである。初期段階の核融合炉では、必要な三重水素はリチウムから生成されることになっている。重水素もリチウムも海水から容易に採取されるから、核融合炉が実現すれば海洋国日本などはエネルギー問題で窮することなどまったくなくなる。

従来の原子炉とは異なり核融合炉は安全度が極めて高く、得られるエネルギー量もより大きくかつ安定している。エネルギー源となる重水素や三重水素も核融合で生じるヘリウムも安全な元素だから、有害な放射性廃棄物が生じることもない。温室効果ガスの発生などとも無縁である。核融合の際に生じる中性子のために炉心部はいくらか放射能化されるが、それは現段階の技術で無害化できるレベルのものだ。万一大地震で核融合炉が破壊されるような事態となっても、温度低下に伴い炉内のプラズマが希薄ガスに変わり発電不能になるだけで、放射能漏れや放射能汚染が起こる危険はまったくない。

よいことずくめの核融合炉だが、その実用化にはなお膨大な時間と費用とを要する。人工的に核融合を起こすには、想像を絶する超高圧超高温の空間内にプラズマ化した重水素や三重水素を一定時間閉じ込める技術が不可欠だ。熱核融合と呼ばれるこの技術の開発は近年かなり進んでいるが、実験炉一基の建設だけで百二十億ドルもの巨費を要すると予想される。そのため、日・米・EU・ロシア・中国・韓国の技術協力と経費分担のもとで、フランスのカダラッシュに出力五〇万kW~六〇万kWの国際熱核融合実験炉ITER(International Thermonuclear Experimental Reactor)の建設が始まろうとしている。実験炉に続いて二〇三〇年までにデモ炉を建設、そこで安全性や経済性を実証のうえ定常運転による発電をおこなって一連の技術を完成、二〇四〇年までには世界各国での本格的な核融合炉の稼働を開始、エネルギー供給の恒久的な安定化を実現しようというのが現段階におけるおおよその展望だ。

再浮上した常温核融合の可能性

一九八九年三月、英国サウザンプトン大学のマーチン・フライシュマンと米国ユタ大学のスタンレー・ボンズは、「パラジウムとプラチナを電極として重水中で電気分解をおこなったところ、大量の熱が生じ、同時に、常温核融合反応を裏付けるトリチウムと中性子やガンマ線を検出した」と発表した。手軽な実験装置を用い常温下での核融合が可能となると、基礎研究と実験炉の建設だけでも莫大な費用のかかる熱核融合炉は不要となる。そこで、多くの研究者が直ちに再現実験による検証を試みたが、一部の追試事例をのぞいては核融合反応を示す十分な検証結果は得られなかった。そのため当時の米国常温核融合調査委員会委員長は常温核融合の研究を一種の似非科学であると断定、以来、欧米での研究熱はいっきに冷め、常温核融合の研究は蔑視されるようになった。日本でも一九九三年に当時の通産省資源エネルギー庁が新水素エネルギー実証技術プロジェクトという常温核融合検証計画を発足させ、五年間に二五億円もの研究費を投入したが、期待したような検証結果の得られぬままに同プロジェクトは幕を閉じた。

だが、一部の科学者は学界の嘲笑をものともせず常温核融合の研究に取り組み続けた。その結果、常温核融合反応は存在するが、そのメカニズムは想像以上に複雑かつ難解であることが判明した。二〇〇五年には、カリフォルニア大ロサンゼルス校において、動力源となるレベルの熱量ではないが、常温核融合による有効な熱エネルギーの発生が確認されている。

今年八月、マサチューセッツ工科大学(MIT)では「常温核融合会議」が開催された。米JWK社のローレンス・フォースレイは自社の研究チームが常温核融合実験に用いた実験器具一式のモデルを公開、その実験によって活発に放射線が発生したという最新成果をレポートした。またその会議では、米海軍宇宙・海事戦闘システム司令部(SPAWAR)の研究チームが、同じ実験をおこなって得た常温核融合の発生を裏付ける結果をドイツの学術誌「Die Naturwissenschaften」に発表したという報告もなされた。この会議の主催者の一人ピーター・ヘーゲルスタインMIT准教授は、「多くの常温核融合実験で投入量を上回るエネルギーが得られており、その事実は諸研究機関の実験でも確認されている。ただ問題なのは、実験結果に大きなばらつきがあり、その再現性にも難点があること、また、反応過程の論理的な解明が困難なことである。もし公表されたその結果が正しいとするなら、SPAWARの実験は常温核融合の全容解明につながる可能性がある」と述べている。前回の会議で公開され、七日間にわたって稼働し続けた実験装置の開発者ミッチェル・スワーツ博士は、米国社会では常温核融合研究がなお錬金術視され極度の研究者不足や研究費枯渇に陥っている現状を憂え、「今後は余剰熱を生成できるかどうかではなく、一kWのエネルギーを得られるか、それを使って小型車を動かせるかどうかが問題となる」と訴えかけた。

巨費を要する熱核融合研究に過度の資金が投入されるため、常温核融合に関心のある日本、中国、韓国、イスラエルなどの一部の国や三菱重工のような特定企業だけに大きな負担がかかっているとの指摘もなされた。実際、日本には常温核融合の先駆的研究者が多い。岩村康彦(三菱重工業)、水野忠彦(北海道大学)、山田弘(岩手大学)、高橋亮人(大阪大学)、山口栄一(同志社大学)、さらには文化勲章受章者の荒田吉明大阪大学名誉教授などだ。三菱重工の岩村は、独自の実験により常温下でも核変換が起こることを実証してみせた。また、荒田はパラジウムの超微細粒子に重水素ガスを吸着させレーザー光を当てる方法で核融合の際に生じるヘリウムを検出、低コストで高エネルギーを生み出せる可能性を立証した。ただ、これらの研究者によると、常温下での核融合や核変換の諸現象は現代物理学の常識を逸脱・超越し、その再現性も不確実なため(百パーセントの再現性をもつのは岩村の実験のみ)、理論の確立にはまだ時間を要するという。現在、彼らは「凝集系核科学」という研究分野を新設し、新たな現象の理論的解明と低コストの常温核融合炉の早期実現を目指している。

諸々の問題はあるが、エネルギー事情や環境問題が逼迫してきたことにより核融合炉開発のテンポは早まらざるをえない。常温核融合の研究者らは開発費の増大を前提に二〇年以内の常温融合炉の実用化を目指しているようだし、対する熱核融合炉の開発のほうにも関係国の威信がかかっている。歴史にみるように存亡の危機に瀕した時の人類の英知は計り知れない。現在の予測よりも早く、ここ二十年以内に核融合炉は実用化するのではなかろうか。もちろん、その場合、コストの低い常温核融合炉が実現するに越したことはないのだが・・・・・・。

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