フランシスコ・ザビエル一行がポルトガル船に乗って薩摩の錦江湾に入港し、城下町の鹿児島に上陸したのは、鉄砲伝来から6年後の天文18(1549)年、いまから455年前のことである。ザビエルは鹿児島をあとにすると、翌年には海路平戸に入り、さらにそれから畿内へと向かい、当時我が国の交易の中心地だった堺などを視察している。
ザビエル一行は、フィリピン方面から黒潮に乗って琉球諸島、奄美諸島沿いに北上し、種子島、屋久島近辺を通って錦江湾に入ったと考えられる。自然に恵まれた風光明媚なこの東洋の島国にザビエルらは少なからぬ感銘を覚えたことであろうが、まさかその地で大量の鉄砲を目にすることになろうとは、夢にも想っていなかったに違いない。しかも、皮肉なことに、それらの鉄砲のほとんどは、ザビエルの乗る船の船員らと同国籍のポルトガル人がわずか6年前に種子島にもたらした火縄式の鉄砲を複製したものだったのだ。
我が国ではキリスト教布教の祖として仰がれるザビエルだが、彼はいっぽうで、キリスト教の国外布教活動のスポンサー的存在であったポルトガル国王に対し、日本の軍事力や経済力に関する詳細な分析レポートを送ってもいる。この国を軍事力で制圧するのは難しいという趣旨のことを彼がそのレポートで述べた背景には、当時の国内各領内の高度に組織化された武士集団の存在や、商業の中心地堺などにみられる経済力の大きさなどが挙げられるだろう。だが、そのほかに、ザビエルが多数の鉄砲の存在とその製造現場を目の当たりにし、製作技術の高さに驚かされたらしいことなども、その情勢分析に少なからぬ影響を与えたようである。ザビエルのレポートの内容からは多分にそのような情況が推測できるからである。実際、彼が畿内を訪ねた頃には、堺や国友周辺の刀工集団の多くは、事実上鉄砲工集団へと一大変貌を遂げていた。
国友の刀工を中心とした鍛冶集団の場合は、種子島領主より将軍足利義晴に献上された火縄銃を借り受け、それをもとにしてほどなく大量の鉄砲製造を行なうようになった。くしくも、ザビエルが鹿児島に来訪した天文18年には、薩摩の加治木城において鉄砲合戦が行なわれており、また、同じ年に織田信長は国友の鉄砲工衆に五百挺の火縄銃を発注している。記録によると、鉄砲隊が出現しはじめたのもこの頃のようである。それらの動きに合わせるように、やはりこの年、堺の豪商今井宗久らも本格的な鉄砲大量生産に乗り出している。我が国においてそれほどまでに急速に鉄砲が普及した背景には、古来の刀剣製造技術に代表されるような高品位の鋼鉄の精製技術、ならびに生産された鋼鉄の高度な精錬加工技術の存在があったものと思われる。古代に朝鮮半島から移住してきた製鉄技術をもつ工人集団(現代風に言えば先端科学技術者集団)は、我が国で飛躍的にその技術を高度化し発展させていった。その最大の理由は、鋼鉄の精製と精錬加工に適した自然条件がたまたまこの国にはそなわっていたからである。
コークスを用いた溶鉱炉によって大量の鉄鉱石を溶かし鉄を精製する方法は、ずっとのちにヨーロッパで開発されたものである。また、鉄器を初めて用いたことで知られる古代のヒッタイト族などの場合は、その地方に多数散在している隕鉄を溶融加工したと言われている。もちろん、上質な磁鉄鉱を産出する地域では、直接にそれらを用いたりもしたらしい。しかし、古代東アジアにおいて一般的だったのは、砂鉄を大量に集めてそれから鋼鉄を精製する方法で、もちろん、朝鮮半島から渡来した昔の工人たちも「たたら製鉄」と呼ばれるこの方法を用いていた。
砂鉄を含む厚い砂層の傾斜地に上部から大量の水を注ぎ砂もろとも流し出す作業を繰り返すと、比重の重い砂鉄が濃縮され流路の底部に沈殿する。それらを集め同じ工程で繰り返し濃縮を進め、鉄分の濃度が十分に高まったところで乾燥させるのが、たたら製鉄の第一段階である。山陰地方各地の海岸や海岸近くの山地には、この一連の作業に適した砂地や砂層と水利のよい傾斜地が数多く存在していた。要するに、原料とそれを処理する自然条件に恵まれていたわけである。この初期作業そのものも相当な自然破壊をもたらすものであったらしいが、当時の低い人口密度や自然のもつ復元力から考えて、それなりの適地が日本各地にはあったようである。もちろん、山陰地方一帯などは、地理的にみても朝鮮半島から工人たちが渡海し移住してくるのに格好な場所でもあった。
しかし、「たたら製鉄」にはもうひとつ絶対に欠かせない要素があった。言うまでもなく、それは鉄を溶かすに必要な「火力」である。「たたらを踏む」という言葉の語源にもなっている「たたら」とは、鉄の精製や精錬に用いた足踏みの「大型鞴(ふいご)」のことである。どうしても想像のつかない人は、宮崎駿のアニメ作品「もののけ姫」の冒頭の場面を想い出してもらえばよいだろう。巨大な鞴(ふいご)で人工的に空気を送って火を煽り、鉄を溶融したり鍛錬したりするのに必要な高温を生み出したわけである。