日本列島こころの旅路

第1回 宗谷岬と貝殻のお守り

日本本土の最北端に位置する北海道の宗谷岬は、みるからにのびやかな感じのする岬である。岬とはいっても先端部が切り立つ断崖となって鋭く海中へと突き出しているわけではなく、海岸線が海側に向かって緩やかにカーブしているだけだ。激浪に洗われる心配のない地形なので、岬周辺にはかなりの戸数からなる集落が発達していて、商店や宿泊施設なども少なくない。岬の東寄りにある宗谷港はタコの水揚げ高で国内第2位を誇っている。北緯45度31分22秒の宗谷岬には「日本最北端の地」と記された石碑が建っており、その前で記念撮影することをお目当てに訪れる観光客はあとを絶たない。「日本最北端」という言葉だけでも多くの観光客を呼び集めるこのできるこの地は、お客の減少で悩む他の観光地からすればなんとも羨ましいかぎりだろう。岬のそばには宗谷岬郵便局があって、「日本最北端の地」に立ったことを証明するスタンプ付きの絵ハガキなどを差し出せるようにもなっている。

厳密に言うと、現在日本の実効支配が及ぶ領域内での日本最北端の地は、宗谷岬の西北西に位置する弁天島という小岩礁である。だが、無理にそこに渡ってみてもどうにもならないので、もっぱら宗谷岬がその代替を務めている。なお、日本が領有権を主張する領域内での最北端の地は択捉島のカモイワッカ岬なので、将来的には宗谷岬の碑文の記述が「日本本土最北端の地」に変わる可能性もある。この岬からは、晴天の日など、宗谷海峡を挟んで43km離れたサハリン(樺太島)南端部のクリリオン岬(西能登呂岬)あたりの島影が望まれ、条件次第では白い建物の影らしいものさえも目視できる。このように、宗谷岬は根室半島の納沙布岬などと並び国境の存在を実感できる場所のひとつだから、その意味でも一度は訪ねてみるに値するだろう。樺太探検で知られる間宮林蔵は、1805年、この宗谷岬から稚内方面に少し南下したところに位置する浜辺から、小舟に乗って海峡の向こうに見える島影目指して舟出した。岬の一角にはその間宮林蔵の銅像も建っている。

この宗谷岬には、「日本最北端の給油所」を謳う出光興産のスタンドが設けられている。もう随分昔のことだが、その日たまたま宗谷岬を訪ねた私は、思わず合掌でもしたくなるような輝きの夕日に心の奥底までをも洗い清められたあと、給油のためにそのスタンドに立寄った。その時、応対してくれたのは、まだ二十歳前後かと思われる若くてとてもチャーミングなアルバイト風の女性だった。彼女は、「これは付近の磯で拾い集めた貝殻で私たちが手作りしたお守りで、給油なさった方に1個ずつ差し上げています」と言いながら、綺麗な貝殻を二枚合わせて作った小ぶりのお守りを手渡してくれた。その心のこもったお守りの貝殻の内側にはフェルトペンの手書きで「交通安全」の4文字と日付けが記されていたものだ。

生来不信心な私は、寺社などで売られているお守りの類を車につけるのは好きでない。だから、それまで私の車はその種のものにはいっさい無縁であった。だが、なぜか日本最北の地で偶然手にしたそのお守りだけは別格であるような気がしたので、そのまま運転席に吊るし置くことにした。その結果として、そのお守りは私と共に日本全国を旅することになったのだった。そのお守りが沖縄県を含めた日本の全都道府県を巡り終えるには、それから4年ほどを要した。しかも、そのお守りは、全都道府県踏破を成し遂げたのちも宗谷岬に3度もお里帰りした。1度目の里帰り時にはまた新たにお守りをもらったが、そのほうは同行の知人が喜んで持ち帰った。初めて立寄った折にお守りを渡してくれたチャーミングな女性が、その時にはこの給油所のおかみさんの座におさまっていたのはなんとも印象的だった。2度目の里帰り時は宗谷岬到着が夜明け前の時刻だったので、給油はせずに通過した。3度目の里帰りはたまたま岬祭りの当日だった。地元集落の老若男女からなる行列が小さなお神輿を先頭に鐘や太鼓を鳴らしながら通過するの見送ったあと、給油所に立寄った。おかみさんはお祭りに参加して不在らしく、応対してくれたのはご主人とおぼしき中年の男性だった。初めてこのスタンドで給油してから、もう10年近い歳月が流れ去っていた。

私は運転席に吊るしてあった全都道府県踏破済みのお守りを外し、事情を説明しながら鄭重にお礼と感謝の気持ちを述べ伝え、それをご主人に返納した。相手は一瞬驚いたような表情を浮べたが、すぐにこちらの意図を察知し、かなり古くなったそのお守りを受け取ると、にこやかな笑顔で新たなお守りを手渡してくれた。いまはその2代目の手製貝殻お守りと共に全国を旅しているのだが、このお守りのほうも沖縄県を除く日本本土の全都道府県を既に踏破済みである。そんなお守りと一緒の一風変わった旅路において出遭った様々な風物や人々の生活ぶりなどを、これから少しずつ紹介していくことにしたい。

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