続いて原発依存率について尋ねると、年間を通じての全国平均は28パーセント程度だが、関西電力の場合は他の電力会社よりも原発依存度が高く、45パーセント前後だという答えが返ってきた。大飯原発PR館ホール前のボードには刻々と変わる関西電力全体の電力供給状況がリアルタイムで表示されていたが、そのデータから原子力発電への依存率を計算してみると確かに44パーセントほどの数値になった。一部には、そのような高率の原発依存度を示す数値を、原発キャンペーンのために仕組まれたまやかしの数値だとする見方もあったが、客観的に判断してこの数値に間違いはないと認めざるを得なかった。
その数値を確認した私は、原子炉号という名の飛行機は、「落ちる、落ちない」の議論をよそに、日本国民という満員の乗客を乗せて既に離陸してしまっているのだと思い知らされた。原子炉号への搭乗を自覚していたか否かにかかわらず、社会全体の要請で飛び立った以上、我々には、どうしたらこの旅客機が落ちずに飛行を続け、目的地に無事着陸できるかを考えることくらいしか手が残されていないと痛感した次第だった。水力、火力、原子力によるバランスのとれた電力供給が望ましく、いずれかに偏るのは好ましくないとの関電側の説明であったが、そんなバランス論など本質的には無意味だと思わざるをえなかった。なお、原発の立地条件について質問すると、次の3点が列挙された。
- 発電炉の運転や安全管理には大量の海水や真水が不可欠だし、資材の運搬の問題もあるので、海に面しているか大きな河川の河口に近い場所でなければならない。
- 原子炉の耐震性や核燃料、放射性廃棄物などの安全管理上の問題から、地下岩盤は強固で安定したものでなければならない。
- 人家からなるべく離れ、人間の往来が少ないところでなくてはならない。
このような条件をすべて満たし、しかも地域住民の理解が得られる場所は日本ではきわめて少なく、原発が若狭に集中した主な理由もそこにあるのだが、それら3つの立地条件は、おのずから、原発というものそれ自体は危険なものであるということを物語っている。だからこそ、科学の粋を集めて、危険防止機能、すなわち安全弁の役割を果たす特殊構造を何重にも設けて制御していくことになるわけだった。本質的に安全であるということと、危険だからこそ人知の限りを尽くして極力安全に努めていく必要があるということとは本来異なる話である。原発に関する不毛な論争は、もともとこのあたりの問題に対する認識や対応のずれから生じていると言ってよかった。それゆえ、原発関係者らはいたずらに「安全」という言葉を繰り返すのではなく、むしろ、「危険だからこそ現代科学技術のすべてを傾けて徹底した危機管理を行い、人知の許すかぎりの配慮のもと安全運転に努めている」という姿勢を率直に打ち出し、原発の情報を広く開示すべきだと思うのだった。
接客室でのガイダンスのあと、我々は専用バスに乗り込んで原子炉施設へと向かうことになった。バス内には、運転手の外には案内担当者と我々だけという特別な状況だった。バスが小高い丘を越え、よく整備された桜並木の道沿いにしばらく進むと、厳重な監視態勢の敷かれた検問ゲートが現れた。案内担当者がいったんバスから降りて我々のリストを係員に手渡し、そのチェックが終わると、見るからに重そうな鉄のゲートが開きバスの通行が許された。そして、そこからしばらく進むと急に視界が開け、4基の原子炉が、4個の巨大な白磁の壷を想わせるその異様な姿を現した。ほどなく、前方に装甲車でも突破の難しそうな正面ゲートが現れ、再び厳しいチェックが行われた。そのあとバスは正面ゲートから4号炉の側に進み、さらにもう一度、チェックの厳しい堅固なゲートを通過した。
そばで見る原発の建屋は想像よりもずっと大きかった。見学の許される4号炉脇に駐車したバスから降りると、シャッターのピタリと閉じた建屋の入口らしいところで担当者が備え付けの器機を操作してIDの確認を受けた。ようやく開いたシャッターの下をくぐり、エレベータで上に運ばれ、エントランスホールらしいところで降りると、そこで待機しているガードマンによって今度は金属探知機による検査を一人ひとり受けさせられた。同行者が携帯していたテレフォンカードに探知機が反応する一幕などもあったが、ともかくも、こうして我々は原発施設の中に第一歩を踏み入れた。
他に全く人気のないガランとした通路を抜けてまず案内されたのは、核燃料取扱室だった。見学者の便宜をはかるため、ガラス越しに中の様子が一目で見渡せるようになっていた。青い水を満々と湛えた大きな水槽の中に規則正しく配列、貯蔵されている四角柱状のものがウラン燃料棒で、水槽から奥の炉心部に続く水路の水中をロボット制御によってそれらは炉に出し入れされるのだという。核燃料取扱室の中央奥にある炉心部の中はもちろん見えなかったが、そこで核分裂の連鎖反応がおこり、膨大な量の熱エネルギーと放射能とが発生しているわけだった。案内担当者や解説用のビデオの音声がこれでもかと言わんばかりに「安全」の一語をまたもや繰り返すのを聞き流しながら、それほどまでにここは安全対策と安全アピールを必要とする場所なのだと、私は心の中で呟いていた。