日本列島こころの旅路

(第42回)ほんものの旅を志すには(その1)(2014,01,15)

時間にゆとりのできた中高年の方々に、折々、私は、「ほんものの旅」を体験することすすめている。ただし、ここで言う「ほんものの旅」とは、大がかりな海外旅行をするとか、設備の整ったホテルに宿泊しながらの優雅な観光旅行をするとかではなく、その人なりの体内リズムにのっとった自己再発見のためのささやかな旅を意味している。一度そんな旅の仕方を身に着けてしまうと、それまで気がつかずにいた旅のほんとうの素晴らしさを心底堪能できるようになるものなのだが、そのためには、多少の意識改革と折々の環境に適応するトレーニングを常々心がけておく必要があるようだ。

社員旅行や団体パックツアーなどとは異なる自分なりの旅をしようとすれば、必然的に、単独行、ないしは、多くても二・三人の仲間だけで行動することになろう。一定集団の、しかも、すっかりお膳立ての整った旅でなければ嫌だという方は、まずその考えかたから改める必要があるだろう。私自身、よく、中高年の方に旅のノウハウをコーチすることがあるのだが、現在要職にあったり、かって要職にあったりした人というものは、至れり尽くせりの旅が当たり前になってしまっているせいもあって、案外、そのあたりのことが難しいようなのだ。

本来、旅とは、日常性を離れ、見知らぬ人々や未知の風物との出遇いを求めて異質な空間の中へと飛び込んでいくことを意味している。何が起こるか分からないところにこそ、旅の醍醐味は秘められていると言ってもよい。真に旅好きな人々の多くは、「いくらかのリスクや不便さはあっても、それこそが旅の旅たる所以―――日常生活の快適さと100パーセントの安全性を旅に求めること自体が間違いなのだ」と考えているくらいである。「罪なきも流されたしや佐渡島」という句を吟じた松尾芭蕉翁が、旅の先々で胸に秘めていた想いも同様のものであったに違いない。

時間に余裕があって気ままな旅をする場合、私は、その時々の状況の赴くままに、とりあえず行けるところまで行こうと気楽に構えることにしている。あれも見よう、あそこにも行こうと欲張ったり、どこそこの宿に何時までにチェックインしなければならないなどということになったりすると、時間だけに追い立てられ、結果的には詰まらない旅になってしまうことが多いからだ。途中での道草や思わぬ発見、行く先々での様々な出遇いなどを大いに楽しむように心がけており、それによって旅の行程が遅れることなどいっさい気にかけない。極論すれば「旅は無計画をもって至上とする」というようなことにもなってしまいかねないが、180度見方を変えれば、それこそが旅の極意だと言えないこともないわけだからなのだ。

それはよいが、いったいその日の宿をどうするつもりなんだという疑問を持つ方も当然あるだろう。書店に行くと全国の公営、民営の宿泊施設を網羅した各種の本が売られている。この手の本の中には一流のホテルや旅館から、通常の旅館、ビジネスホテル、国民宿舎、各種の公営保養所、ペンション、民宿、ユースホステルにいたるまでの国内ほとんどの宿泊施設の所在地と、その電話番号、料金、収容人員数、特徴、交通の便などが地域別に記載されているものがある。最近のGPSシステムには詳細な宿泊施設情報を提供してくれるものまである。地図で現在地と周辺の状況を確認し、このあたりで泊まろうかと思ったら、手元の宿泊情報をもとにその場であちこちに電話をかけ、飛び込みで泊めてくれる手ごろな料金の宿を探すわけなのだ。多少の不便や不備などに文句さえ言わなければ、観光シーズンの最中であっても泊めてくれるところがどこかに名ならず見つかるものである。素泊まりでもよいということになれば、その可能性は一層確かなものとなるだろう。どんな小さな集落でもそんなところは必ずあるものだ。

各地の公的な観光案内所でも宿探しには親身に対応してくれるが、案外知られていなにのが地元の警察や交番の活用法である。お門違いのように思われるかもしれないが、地元の情報に詳しい警察はほとんどの場合安くてよい宿を喜んで世話してくれる。警察の紹介とあって、受け入れ先の宿の対応が丁重なことは言うまでもない。さらにまた、地元の人に話しかけ、付近の宿の情報をもらうのも、結果的に想わぬ出遇いに繋がったりすることがあって、けっして悪いものではない。

いまひとつ、本当に旅を楽しむためのコツは、長年の生活で身に染みついた24時間単位の思考に基づく日常的な行動パターンを一時的に放棄してしまうことである。何時に起床して朝食、何時には風呂にはいって夕食、就寝といった習慣にこだわって旅をしていると、感動的なものと出遇える可能性が半減してしまうからなのだ。大自然が最も美しい姿を見せるのは、早朝の日の出前後のことだったり、落日とそれにつづく黄昏時のことだったり、冴えわたる月光や満天の星空の下でのことだったりすることが多いものなのだ。

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