日本列島こころの旅路

(第27回)原子力発電所災害に思うこと(その17)(2012,09,15)

国内の全原発の即時廃炉が現実に可能ならそれが最も望ましい。だが、純粋に技術的な観点からしてみてもその実現は容易ではない。既に述べてきたように、1基の原発の稼働を停止し廃炉にする場合でも、使用済み核燃料を撤去してそれらを比較的安全な保管場所に移し、完全に炉を解体撤去するまでには何十年もの時間が必要となる。なかでも原発の廃炉に伴う最大の難問は使用済み核燃料の最終処分場の策定だ。使用済み核燃料の再処理工程を通して生じる半減期の長い危険かつ高濃度の放射性廃棄物は、ガラスで固めて頑丈なスチール缶に封入し、厳重な管理のもと地中深くに埋め込むしかない。使用済み核燃料を直接処分する場合でも最終的にはどこかの地中に埋め込み処理するしかないのは同じだ。原発が登場した当初は米国も日本も使用済み核燃料や各種放射性廃棄物を海溝部などの深海底に投棄していたようであるが、最早そのようなことは許されるはずもない。

周知のように国内原発の使用済み核燃料のほとんどは各原発内の施設に一時的に保管されているが、既にその収容能力は限界に近づいており、原発を廃炉にするか否かに拘らずその対応策は喫緊の課題となっている。以前から「トイレなきマンション」と揶揄されてきたその深刻な実態がいよいよ表面化してきたわけだ。たとえそれが何万年もの遠い将来なにかしらの負の影響をもたらす可能性があるとしても、百年単位の近い将来の安全確保のために、もう我々は国内のどこかに「トイレ」、すなわち使用済み核燃料の最終埋め立て処分場を設置しなければならない状況に至っているのである。

北海道の天塩川河口に近い幌延周辺の地中深くで使用済み核燃料の先導的な埋め立て処理の実験研究が行われてはいるようだが、最早、試行のレベルの話ではなく現実的な処分場の建設を決断しなければならない段階を迎えているのだ。将来的に百パーセント安全が保証されないようなら、相対的にリスクの少ない方策の選択をしなければならない。非現実な絶対的安全理念を振り回すだけで、自らは僅かなリスクをも一切拒み、負の選択を全面的に拒否するのみの状況が続けば、この国はいずれ悲惨な事態に陥ってしまう。

さらにまた、メルトダウンを起こし、その廃炉工程のビジョンさえも全く描くことのできないでいる福島第一原発の最終処理は無論のこと、他の原発を廃炉にする場合でも、その任務に当たる原子力や核物理学関係の専門家の存在は不可欠となる。だが、原子力に対する批判の厳しい現在の社会状況を反映し、大学の原子力工学や核エネルギー工学分野に進む学生が激減することは目に見えている。そうなると近い将来国内では原子力関係の研究者や技術者が枯渇することになってしまい、原発の廃炉処理や使用済み核燃料の最終処理自体ができなくなってしまうのだ。

そのような状況は原子炉の直接的な保守作業や使用済み核燃料の実処理に当たる労働者についても同様だ。原発現場の労働者における被曝放射線量データ管理の不正が問題になっているが、その行為の背景に、危険な保守作業を担当する経験豊かな労働者が常時不足しているという実情があることを忘れてはならない。19年前に筆者が大飯原発の原子炉保守作業を担当する下請け作業労働者を取材した時点でも、既にその問題の存在が指摘されていた。かつての経済成長期以降の日本の繁栄の一端は、そういった原発下請け労働者らの被曝線量基準オーバー覚悟の作業と、敢えてその実態に目を瞑ってきた電力会社や関係行政当局の姿勢とが裏にあってこそ成り立ってきたのも事実なのである。

昨今の世論の流れに逆らうことにはなるのだが、ここでひとつだけ逆説的な話を述べさせてもらわなければならない。原子炉を廃炉にするに際して先々原発の専門家の枯渇が懸念されると書いたが、将来的に必要なその種の専門家を一定数確保していくためには、必要最小限の原発は今後とも稼働させ続けなければならない。他のシステムとは異なり操作や管理に高度なリスクの伴う原発に関しては、廃炉に当たる技術者養成に話を絞っても、そのためには、当面、実稼働する原発の操作を実体験することが不可欠だからなのである。原発廃炉のためにも最小限の原発の存在がなお必要だというこのパラドックスこそは、一筋縄ではいかないこの問題の厄介さを何よりもよく物語っていると言えるだろう。

これまた世間の風潮に反するようであるが、大学の原子力工学分野などには、このような時だからこそ、能力的にも人格的にも真に優れた人材を多数育成輩出することが望まれるべきだと思う。全国からその分野の研究に意欲を燃やす極めて優秀な学生を集めるために、特別な奨学制度を設けるくらいの発想があってもよいのではなかろうか。欧州において国際的な共同研究の進む安全な核融合炉の開発においても、日本が世界をリードする先端光科学研究施設での各種研究開発においても、原子力工学や核エネルギー分野の専門知識を持つ研究者や技術者は今後一層不可欠な存在となってくるからだ。

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