執筆活動の一部

16. 新エネルギー開発の現状と展望

代替エネルギー開発が急がれる背景

諸々の政情不安にともなう原油の供給不足や、将来的な原油・天然ガス資源の枯渇を睨む各国の思惑などがはたらき、最近それら化石燃料の価格は異常な高騰を見せている。また、決定的な論証はなされていないが、大量の化石燃料使用による温室効果ガスの発生が自然環境に及ぼす影響は深刻だともいわれている。そのため先進諸国では新エネルギーや代替エネルギーの開発が急務だとされつつはあるが、その展望はなお混沌としていて明確なビジョンが確立されるまでには到っていない。ただ、最近の一バレル七十五ドルを超える原油高を背景に、不採算を理由に実用化が見送られてきた独創的なエネルギー技術の再評価や、斬新な発想による新エネルギーの開発などがおこなわれるようになってきた。そこで、それら一連のエネルギー問題の前途を包括的に展望してみることにしたい。

化石燃料はあと百年ほどで枯渇

あくまで従来通りのエネルギー資源のみに依存した場合のおよその試算だが、現時点での各資源の年間消費量が今後も変動ないとすると、石油はあと四十年、天然ガスとウランは六十年、石炭は二百三十年で枯渇する。いま世界のエネルギー源に占める石油の割合は四〇%、天然ガスと石炭の占める割合は各々二五%なので、石油が枯渇したら天然ガスと石炭で代替し、さらに天然ガスが枯渇したら石炭のみに頼るとすれば、あと百年ほどで化石燃料は枯渇することになる。石炭に依存する場合には、近年飛躍的に進歩した加圧加熱処理技術により油化して用いることになるが、石油と天然ガスを石炭で代替する場合、その年間消費量は四~五倍にも及ぶ。しかも化石燃料に依存するかぎり二酸化炭素の排出を抑制することはできない。高速増殖炉などによりウラン資源を有効活用すればかなり長期間化石燃料の代替が可能であり、温室効果ガスの抑制にもつながるが、危険な原発事故の完全回避は難しい。今後もある程度原子力エネルギーに依存せざるをえないのは事実だが、ウランやプルトニウム使用の原子炉に際限なく依存し続けていくわけにはいかない。新エネルギーの開発や代替エネルギーの実用化が緊急を要するのはそんな背景があるからだ。

光明はバイオマスの活用に?

太陽光発電と風力発電とは代替エネルギーの象徴的存在だが、いずれもエネルギー密度(発電施設あたりのエネルギー生産量)が低いうえに大きく気象条件に左右される。また、百万kW級の発電をおこなう場合、太陽光だと琵琶湖の面積の十分の一を、風力だと琵琶湖の面積の三分一を要するから、太陽光や風力で現在の国内原発の総発電量四五〇〇万kW分をカバーするだけでもその四十五倍の面積が必要となる。長期的な展望に立てば発電コストの低減化は期待できるが、高額な設備投資や保守管理の問題もあって目下のところ発電コストは化石燃料発電よりもずっと高くつく。大規模で効率的なプロジェクトに発展させるとなると機材の開発供給も容易でないし、自然環境や動植物の生態などに及ぼす影響も計り知れない。温室効果ガス抑制を定めた京都議定書への対応もあって、ヨーロッパ諸国では全発電量の一〇%前後を太陽光発電と風力発電で賄おうという計画が進んでいる。ドイツを中心としたEU諸国ではソーラーパネルが急速に普及し、イギリスやデンマークなどでは大規模な海上風力発電計画が推進されるといったように、先導的試行はそれなりの成果を収め、目標達成に向かって大きな前進を見せてもいる。だが、地形や自然環境、気象条件、生活様式などには地域的に大きな差異が存在するから、全世界一律にそれらのシステムの普及をはかることは難しい。そこで、近年、各国はその地域性に応じた様々な新エネルギー技術の開発を進め、その試行実験や段階的実践に取り組み始めているようだ。

バイオマスの活用に光明が

現在多くの国が着目し始めているのがバイオマス(生物資源)利用の新エネルギー開発だ。すでにいくつかの国ではサトウキビ、トウモロコシ、小麦、大豆などを原料に生成したエタノールを一定割合混入したガソリンが用いられている。E20(エタノールが二〇%混入したガソリン)を義務づけ、さらにはE100の燃料さえも売られているブラジルは別格としても、アメリカや中国でもE10を義務づける州や省があらわれているし、E85の燃料も試験的に販売されている。

日本でも沖縄の宮古島でE3のガソリンが生産され沖縄の一部公用車に使用され始めている。経済産業省は二〇二〇年までにE10の混合ガソリンの国内導入を推進する意向でもあるようだ。エタノールが大量生産されるようになればそれを原料に窮極のクリーンエネルギー、水素を生成することも容易である。ただ、ブラジルで大量のサトウキビがエタノール生成に用いられた結果、砂糖の価格高騰が生じ、関連産業に影響が及んでいることからもわかるように、本来食料や家畜飼料に用いられる作物を一定量以上燃料源へと転用することは、その作物の飛躍的な増産でも実現しないかぎり困難だと言ってよい。

そこで、米国の合成生物学研究者らは遺伝子操作によってセルロースからなる植物性廃棄物を効率よく糖へと分解する微生物や酵素をつくり、得られる糖からエタノールを生成することを狙っている。シロアリの腸内に棲み木材をエネルギーに変えるはたらきをしている二百種ほどの微生物の機能解明もその研究の一環だ。カナダのアイオジェン社のように、糸状菌トリコデルマ・リーセイ(Trichoderma reesei)の持つセルロース分解能力を遺伝子操作によって強化し、実際にエタノール生成に利用し始めたところもある。

さらにまた、近年注目されるようになったのがバイオオイルと呼ばれる新燃料の開発だ。広義のバイオオイルには、メコン川の一部流域などで大量に生息するナマズから油を採って軽油代わりに用いる珍しい事例なども含まれるが、ここでいうバイオオイル技術とはより汎用性の高い実践的な技術のことだ。バイオオイルは、一九八〇年代初頭、米国西オンタリオ大学の研究者らが石油の代替物として開発した。この特殊なオイルは、生育中の各種樹木や植物類は言うにおよばず、石炭や泥炭、植物性の成分を含む泥土、おが屑や木屑、食用作物の茎や樹皮片、農業や林業の廃棄物など、ほぼすべての有機質素材から生成することができる。アイオワ州立大学のバイオ・リニューアブル・プログラム研究室長ロバート・C・ブラウンは、「この技術を汎用化すれば、燃料類ばかりではなく、現在石油から生産されているすべての物質をバイオマスから生成することが可能である」と述べている。

バイオマスは熱分解というプロセスを経てバイオオイルに変えられる。各種有機物は細かく粉砕され、無酸素の状態で摂氏四〇〇~五〇〇度に加熱される。すると、わずか二秒間で原料の七〇%が気化し、一連のプロセスを経て百種類以上の有機化合物を含む濃い液体「バイオオイル」へと濃縮される。そのほかに副産物としてガスと煤が生成されるが、ガスは熱分解処理の燃料に利用され炭素からなる煤は練炭や浄化用フィルターに加工されたり肥料に用いられたりする。原油が高騰した現在、価格競争にも十分勝算があるとして、米国のエンシン社やカナダのダイナモーティブ社はバイオオイル製油所の建設稼働に踏み切った。良質のバイオオイルはそのまま発電所などで軽油代わりに使用できるが、バイオオイルを一酸化炭素と水素の混合ガスである合成ガスに転換し、さらにそれを自動車用バイオディーゼルのような上質の炭化水素燃料に加工することも可能である。戦時中のドイツでは石炭をガス化し、それをディーゼル燃料に合成して用いており、当時からその技術は実用化されていた。温室効果ガスの二酸化炭素や、硫化物などの大気汚染物質の大半が除去されるのもこの処理技術の優れた点である。植物資源に恵まれた我が国などではバイオマスの利用は将来的に有望で、東京ガスと新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が、豊富に入手できる海藻からメタンガスを回収し発電用燃料とする「海藻バイオマス発酵プラント」を開発したのもその一例だ。バイオマスはその成長段階で大気中の二酸化炭素を吸収するので、バイオマスから生成した燃料を燃やす際に出る二酸化炭素は相殺され、温室効果ガスとして計算されないという利点もある。

独創的な新エネルギーの研究も続々

物理化学的方法による新エネルギーの研究も進んでいる。なかでも斬新な研究は、アメリカ、イギリス、オーストラリアなどの新興企業が開発に取り組んでいる波力タービン発電だ。米国エネルギー省などは、波力は二テラワットもの電力を生み出す可能性をもつと考えている。幅数十メートルの開口部をもつ巨大放物線状の波力エネルギー収集装置で放物線の焦点部に波を集め空気室に送り込む。狭い空気室内での激しい波の上下動やそれに伴う海水の噴出圧によって高速の空気流が生じ発電用タービンを回転させる仕組みだ。また、無尽蔵の波力エネルギーにより海水を陸の高台にある貯水施設に揚水し、その海水を落下させて発電をおこなうプロジェクトも進行中であるという。波力発電は四方が海の日本などには最適の技術といえる。コストパフォーマンスの問題をクリアし、嵐や塩水による腐食にも十分に堪える設備を開発することができるかどうかが今後の大きな課題である。

オーストラリアでは、「ソーラー・タワー」と呼ばれる特異な発電システムの建造計画が進行中だ。巨大なゴルフティーを逆さまにしたような、高さ千メートルにも及ぶこのタワー状建物の下部は、約百平方キロもの地表を覆う直径一二キロメートルの円形大温室になっており、そこで太陽光が集光される。また中央のタワー部分は加熱された温室内の空気が急上昇するチムニー(煙突)の役割を果たす。摂氏六五度にもなる温室内の空気は秒速三十五メートルで中心部のチムニーに向かって進み、速度を増しながらチムニー内を上昇する。その猛烈な上昇気流によって特別設計の風力タービンを回し、二百メガワットの発電をおこなおうという計画だ。常時太陽光の降り注ぐ乾燥地帯に建設されるうえに、夜間は日中に太陽電池や温室内の岩石などに畜えられた熱エネルギーを放出しタービンを回し続けるから、従来の風力発電のように天候に左右されることもなく一日中安定した発電をおこなうことができる。排出ガスもなく、構造的にもシンプルで、保守も容易な理想的システムであるという。このシステム設計を担当するのは世界的にも名高いドイツのシュライヒ・べルゲルマン・ウント・パルトナー社である。同社は一九八〇年代初頭にスペインで五十kWのソーラー・タワーのデモンストレーション用試作機を開発、その試作機は二年間にわたって順調に作動し続けた。ただ、当時一バレル三六ドルまで上昇すると予想された原油価格が実際には十五ドルまで下落したため誰もが関心を失い、ソーラー・タワーによる実用的な発電システムの研究開発は頓挫してしまったのだという。現在の異常な原油価格の高騰を背景にして、そのプロジェクトが再び脚光を浴びはじめたというわけだ。

窮極的には水素と核融合炉か

光電気化学の応用による水素生成技術の研究も進んでいる。日本では堂免一成東京大学教授らの研究グループが可視光線により効率的に水を水素と酸素に分解する光触媒を発見、その研究論文は英科学誌「ネイチャー」にも掲載され、将来の実用化を睨み国際的にも大きな反響を呼んでいる。海外では英国ハイドロジェン・ソラー社と米国アルテア・ナノテクノロジーズ社が、紫外線、可視光線のいずれにも反応するナノテク利用の二層構造光触媒「タンデム・セル」を開発、効率的な水素生成の実験プロジェクトを遂行中だ。タンデム・セルは現在八%の効率で太陽光エネルギーを水素エネルギーに変換できるようになっており、エネルギー変換効率が一〇%まで向上すれば化石燃料との競合が可能になるという。カリフォルニア大学の植物生理学者アナスタシオス・メリス教授らは、光合成によって水素を生み出す「クラミドモナス」という単細胞緑藻の変異株の培養に成功した。この変異株細胞中のヒドロゲナーゼ酵素が触媒となって水素生成反応を起こすのだそうで、未公表ではあるがその太陽光変換効率はすでに十%に達しているらしい。同変異株の大量培養と水素生成機能の促進が今後の課題となっているようだが、その研究が進めば乾燥地帯に緑藻類農場を設け、そこで大量の水素を生産するのも夢ではない。

窮極のエネルギー問題解決策は核融合炉を実現することで、国際熱核融合実験炉(ITER)が設けられ世界の頭脳と技術を結集し国際的な共同研究が進められている。日本でも全国の大学や官民の諸研究機関をつなぐ核融合研究ネットワークが構築され、高い水準の研究を続行中だ。重水素と三重水素をプラズマ状にして衝突融合させることにより、小さな太陽、すなわち半永久的なエネルギー源を生み出す核融合炉は、ウランやプルトニウムなどの放射性元素の核分裂によってエネルギーを生じる原子炉と異なり、その安全度は格段に高い。核暴走や放射能の大量発生、温室効果ガスの放出もない。ごく低レベルの放射性廃棄物は生じるが、従来の技術でその処理は可能である。燃料となる重水素は海中に豊富に存在し、三重水素は埋蔵量の多いリチウムから容易に生成することができる。ただ、核融合反応を持続させるには摂氏一億度以上の高温下でプラズマ状になった重水素や三重水素を長時間一定の空間内に閉じ込めておかねばならない。かなり研究は進んできたが、その技術はいまだに完成されていない。夢の核融合炉の実現までには少なくともまだ四、五十年は必要だろうが、核融合炉が実用化し電力がふんだんに供給されるようになればクリーンエネルギー源の水素の大量生成も可能になる。そうなれば、各種排出ガスによる大気汚染や地球温暖化の問題は根本的な解決をみるに違いない。エネルギー問題を悲観視するよりは、過去何度も危機的状況を克服してきた人類の英知を信頼し、明日を夢見て生きるほうが賢明なのではなかろうか。

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