自詠旅歌愚考

自詠旅歌愚考 33 (北陸地方のとある浜辺にて)

夢の屑暗き浜辺に拾ひつつ
なお夢見んとす愚かなる身は

(北陸地方のとある浜辺にて)

絵・渡辺 淳

絵・渡辺 淳

昔持ち歩いていたノートの片隅に走り書きしておいたこの歌をいつどこで詠んだものなのか、正確なところは憶えていない。ただ、そのノートに残された前後の記述や当時のいろいろな記憶などから、それを詠んだのはもう20年以上前の昭和58年夏のことで、詠んだ場所は石川県能登半島の輪島から福井県三国町の東尋坊をつなぐ日本海沿いの海岸線のどこかにある浜辺だったことだけは確かである。

ただ、不思議なもので、この歌を詠んだときの状況についてならそれなりに想い出すことができる。その時、私は、まったくひとけの絶えた深夜の浜辺をただ黙々と歩いていた。そこはかなり広い砂浜で、一歩いっぽ足を運ぶごとに、ザクッ、ザクッ、キュッ、キュッと音をたてながら靴先がきめ細かな砂の中へとめりこんだ。頭上には満天の星空が広がっていたが、たまたま新月の頃とあって空に月影はなく、あたりは深い闇に包まれていた。近くに人家らしいものなどまったくないところだったから、街灯の明かりのようなものも見当らず、浜辺からすこし離れたところにある道路を通る車のライトがたまに輝いて見えるくらいのものだった。そうひどくはなかったけれどいくらか強めの夜風が吹いており、その風に煽られて乾いた砂がサラサラと流れ動いている感じだった。

潮で濡れた固めの砂地を踏みしめながら波打ち際へと近づくと、ザザーッ、ザボーン、ザザーッ、ザボーンと寄せ引きする波の音が聞こえてきた。懐中電灯を点して足元を確かめながらできるかぎり潮辺へと踏み入り、激しく流れ動く海水で足元をえぐられるあの独特の感触をしばし靴裏で味わった。しっかりと足場を構え確固として立っているつもりでも、2、3回も波が寄せ引きすると靴の下の砂がえぐられ足元が覚束なくなってきて、身体全体がぐらついてきてしまう。それはまるでなにひとつ確たる基盤のないおのれの人生というものをよくもわるくも象徴しているように思われてならなかった。

40の峠に差しかかり、それなりにはこの世が如何なるものであるかを悟るようになっていた私は、若い日々に見た未来の夢が所詮夢にすぎなかことを痛感もし体感もするようになっていた。ささやかながらも研究者の真似事のような生きかたをしてきてはいたが、この頃になると、もともと小さいものだとは感じていた自分の能力が想像していたよりももっともっと小さなものにすぎないと自覚するようにもなっていた。さまざまな実生活においても、厳しい社会の現実の荒波が容赦なく我が身に押し寄せ、そのゆえに、かつて想い描いた夢の人生設計など跡形もなく砕け散ってしまったことをはっきりと認めざるをえなかった。

そんな敗残の念を胸中に懐きつつ暗い浜辺をさまようこの身を、天上の銀河や白鳥その他の夏の星座がさりげなく見下ろしていたが、その夜の私にはなぜかそんなことはどうでもよく思われた。子供の頃から星々を眺めるのは大好きなのであったが、その夜ばかりは満天の星空にもいつになく無感動になっていた。

懐中電灯で足元周辺を照らし出しながら波打ち際をはじめとする浜辺一帯を歩きまわっていると、大小さまざまな貝殻や海草の断片、流木や漁具の破片などがあちこちに散乱しているのが目にとまった。私にはそれら諸々の断片類が若い頃の自分が思い描いた夢の断片、現実のものとなることなく無残に飛び散ったかつての夢の屑そのものであるように感じられてならなかった。私は腰を屈めてはそれらの夢の屑を次々に拾い集め、しばし掌にのせて眺めては、夢よさらばとばかりに、寄せる波間へと投げ捨て続けた。ただ、なかには、懐中電灯の光を浴びて美しく輝き浮かび上がる夢の屑もあったりしたので、それらのものだけを、せめていましばらくの間手元に残しておこうと考えたりもした。

ところが、皮肉なことに、そんなことをやりながらしばらく浜辺を歩きまわるうちに夢の屑がジーンズのポケットいっぱいにたまり、こともあろうに、それらが互いに一体化し合ってその存在を主張しはじめたのだった。それぞれに色合いも質も役割も異なるはずの夢の屑が勝手にポケットの中で合体し、「まだ俺たちを海中に捨てるんじゃない。俺たちをそのまま持ち帰れ……、そうしてもう一度眺めてみろ!」とばかりに騒ぎだしたのである。

なんとも愚かなこの身は、そんな夢の屑どもの声を真に受けて、つぎはぎだらけの夢を再び温めはじめたのだった。たまたまのことではあったのだが、暗い浜辺を歩きながら粉々に砕け散った夢のかけらを選び拾い集め、それらを冷静に見据えるうちに、また性懲りもなく、新たな夢の構築へといざなわれていったようなわけだった。あのサミュエル・ウルマンの「青春」という詩の世界ではないが、忘れかけた青春の心意気をなんとか掻き集め、若き日に抱いたものの何分の一にも過ぎないささやかな夢として、しかもまるで古い素材を部分取りしたパッチワークのような夢としてそれらを紡ぎ直すという事態になったのだ。

そして、さらにあれから20年余が過ぎたいま、つぎはぎだらけの夢のごく一部だけは曲りなりにも現実のものとなりはしたが、残りのほとんどはまたもや夢の屑となって砕け散った。もう一度あの浜辺を探し訪ね、そこの砂上に散らばり眠っているであろう夢のかけらの綺麗なところだけをまた拾い集めたものだろうか……。ウルマンの「青春」の詩には一時的に鼓舞されるとしても、もはやそれもなあという正直な声が体内のどこからともなく響いてもくる。どうやら、もうそろそろ身のほどを悟れということなのだろうか……。

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